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中国軍事誌に掲載された「列島線突破」に関する中国空軍パイロットの手記(中)


中国の軍事雑誌「航空知識」誌2022年6月における、Tu-154MD偵察機のパイロットによる第一列島線〜西太平洋へ進出に関する回顧記事の仮訳(中編)です。


(以下、本文)
宮古海峡に突撃

 ほどなく、別のH-6K部隊と協同で再び第一列島に向かうことになったのだが、その際は宮古海峡を選択したため、プレッシャーは急増した。私は第一列島線の突破においてはバシー海峡と宮古海峡が最も適していると考えている。他の海峡は狭すぎて、通常の航行においてもトラブルを招きかねないほか、実戦の状況下では敵からの挟撃を受けやすい。実戦を考慮すると単純に列島線を越えるだけでは意味がないのだ。

 また、空軍単独あるいは海軍艦艇のみが列島線から出るのも実戦的な意味はない。将来の遠洋における行動は海空協同作戦であることは間違いない。そうした作戦における列島線の突破に際して、空軍は航空機故に選択できる航路が多いが、海軍は海峡を通峡せねばならず、所要の時期に海峡エリアの航空優勢や海上優勢を獲得せねばならない。これこそが列島線突破を伴った遠洋訓練の目的なのだ。

 琉球列島の南部に位置する宮古海峡は、海域が非常に広く最も狭いところでも200キロ以上ある。まさに「広き海に魚が跳ね、天高く鳥が舞う」ともいえそうな場所なのだが、海峡両側の島嶼は日本領であり、海洋法条約によればここは日本の領海とはみなされないものの、日本の排他的経済水域の一部である。日本はここに防空識別圏を指定し、あたかも自分が「海峡の主」であるかのように海峡を往来する航空機や艦船をコントロールしている。

 宮古海峡は広大で海峡の間にいることを忘れそうになるが、決して開放的な気分というわけではない。それどころか広大な太平洋において我々の行く手は次第に狭くなっていく。なぜなら、常に我々を見つめる存在があるからだ。

 (中国空軍は)日本の戦闘機との付き合いもほどほどに長く、またお互いにとってもいつものことだ。列島線突破の準備を進めなが空自戦闘機が出現することは当然予期していたが、今回はダイレクトに宮古海峡の後背へと突っ込んでいくのだから、彼らの対応要領や強度も普段とは異なるだろうとも考えていた。

 東シナ海においては、(日中の)排他的経済水域や防空識別圏が錯綜しており、釣魚島(訳注:尖閣諸島の中国名)領有を巡る争いもあり、双方が国益のために行動することは正当化される。しかし、宮古海峡突破に関して日本側は海峡を自らの「安楽椅子」だと考え、他人が入り込んでくることを許さないだろう。東シナ海の上空で日本の戦闘機は我々を中国大陸側の方向に追いやろうとするが、宮古海峡では両側の島嶼は何れも日本の領土であるし、いったい彼らはどのように行動するのかということも私の好奇心を刺激した。

 いつものように、日本南西空域の防空識別圏に入ると、日本側はひどく下手な中国語による対空無線で私たちに呼びかけはじめ、やがて2機の戦闘機が私たちに急接近してきた。日本の戦闘機は沖縄の那覇基地から飛んでくる。沖縄は日本南部の辺境地域といってよいが、那覇基地は比較的規模が大きい。

 宮古島のようないくつかの小島は人口も少なく、経済的にも発達しているとは言い難い。以前はこれらの島々に防衛部隊は存在しなかったが、同方面において我々の活動が活発化するにつれ、いくつかの島に小規模な部隊を配備し始めたと聞いている。あのような小島に苦労してレーダーと幾ばくかのミサイルを置いたところでいったい何ができるというのだろう。平時はともかく、戦端が開かれれば最初の攻撃に耐えられるわけもない。

 数年前まで、那覇基地の部隊は古びたF-4“ファントム”戦闘機を使っていたが、我々への対処を繰り返しているうちに、ただでさえ短い寿命をすぐに使い果たしてしまった。本土から移駐してきたF-15も新しいとはいえず、頻繁に出撃を繰り返していればさほど長くはもたないはずだ。

 2機のF-15はものすごい勢いで接近してきた。前に進みながら、どのように占位しようかと迷っているようにも見えた。これまでは、まず我々の内側に占位し日本の外側に向け対象機を追い払うのだが、現在どちらが内側で、またどちらが外側なのか?日本の戦闘機は概ね規律正しく、あまり突飛な行動をとるようなことはない。しかし互いの軍用機の距離がどの程度だと「(危険な)接近」とされるのだろうか?どのような行動が「危険」或いは「挑発」とされるのか?それに定義はない。客観的に言えば、領空侵犯がなく公海上の飛行で国際条約に従っている限り、駆逐したり或いは駆逐されるべきではない。

 駆けつけたF-15は、少しだけ逡巡していたように見えたが、すぐに少し苛立つかのようにカードを切ってきた。なんと、1機は私たちの頭上に占位し、もう1機は私たちの腹の下に潜り込んできたのだ。もし新華社の記者が我々の航空機に同乗していたら「日本戦闘機の行動はプロフェッショナルとは言い難く、我々の航空機の安全を著しく脅かし正常な運航を妨害した。乗組員は憤ったが、大局を慮りひたすら前に進むほかなかった」とでも書いただろう。

 これはもちろん冗談だが、当時我々は本当に閉塞感を感じていた。しかし、我々のような航空機はその任務を遂行するだけだ。相手の挑発に遭遇しても耐えるのみ。相手が派手に行動すればするほどよいのだ。もし彼らが大人しかったら、私たちは何のために来たのかということになる。(訳注:Tu-154MDが“情報収集機”であることを想起されたい。また列島線突破は「プレゼンス」の意味合いを多分に含むとも読み取れる。)


挟撃されても、穏やかに

 頭上に1機、そして下方に1機、我々は日本の戦闘機を視認することができないのだが、如何にして彼らの位置を把握するのか?実はこの際、搭載されているTCASが思わぬ役割を果たした。

 通常の運航中にTCASからの警告を耳にすることはごく稀だ。多くのパイロットは「上昇、上昇」や「降下、直ちに降下」といった音声警告をほぼ聞くこともなくそのキャリアを終えるだろう。パイロットの中には、TCASによる警告を耳にする機会がないため、その信頼性に懐疑的な人もいるかもしれないが、私は実際の体験からTCASが確実に機能することを伝えることができる。

 日本の戦闘機が見せた機動は、まさにTCASの検証ともいえるもので、我々TCASユーザーにとってはまさに「目からウロコ」だった。海峡に進入してから、規定の任務をこなすとともに、指揮組織やAWACS及び他航空機との連携をとる必要があったため大忙しとなった。日本の防空システムが作動し始めるのも、だいたいこのタイミングだ。まず例の対空無線による呼びかけがあるのだが、こちらもたまには応答することもある。それに対応している間にも、相手がこちらにレーダー(特に火器管制レーダー)を照射していないか目を光らせなければならない。安全第一というわけである。

 ミッションの間、周辺を通過する民航のトラフィックがある場合、それに対する干渉は最小限に抑えなければならない。天候によってはその対応で疲れ果て、対象の戦闘機がいつどこに現れたのか考えている暇はないこともある。だいたいこのあたりでTCASが作動を始め警告を囁き出す。これを耳にすれば、誰でも仕事を放り出しTCASのディスプレイに映し出される接近機の方位・距離を見つめるだろう。このような場面は毎度のことであったが、いつもアドレナリンの分泌が促される。
 「日の丸」が描かれた戦闘機は全ての中国人にとってたいへん刺激的な存在なのである。

(以下、下編)


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