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自粛中のギリギリコピーを考察してみる

どうも。本日も読んでくれてあるがとうございます。

※この記事は個人的な見解に基づいた考察です。

さて今回は、

自粛中のギリギリコピーについて考えてみる

というテーマで書いてみました。ご興味あれば最後までみてください。

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コロナ禍の広告への影響

まず最初に、コロナ禍の広告に対する影響について少し考えてみました。

様々な視点があると思いますので、その中の一例としてとらえていただけると幸いです。


コロナウィルスの蔓延によって一体世の中の考え方はどう変わっているのでしょうか。

少なくとも現在進行形で述べれば、

大人数での外出、密集=控えるべき

これがみなさんが共通で感じている認識だと思います。


ではその認識の先に、広告への影響は一体どう現れるのか。

僕はデザイナーでコピーライターではないので、すこし突っ込んだ話はなかなかできませんが、少なくとも以下のような影響があるなと感じています。

大手企業などの場合は特に…

次のようなコピーを使いづらくなっているんでしょうね。

①複数人での外出を想起させるもの
②夏に向けて社会はどんどん良くなると確信させるようなもの


理由はいくつかあるとおもいますが、

まず①について

これはお分かりの通り、自粛ムードの中、外出をすると感染リスクが高いことより、こういった類のコピーは使いづらいです。たとえば次のような、「旅行」のような直接的な集団での外出・移動を想起させるものは、社会情勢に反しているに加えて、不謹慎、などのイメージを与える恐れがあるため、使用には慎重になっているみたいです。

※以下じゃらんホームページから引用(緊急事態宣言後に掲載されたものではありません)

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単純に広告を今打っても、効果が見込めないという背景もあると思いますが、来年に向けての広告など、長期的戦略の一環としても使うのは現状マイナスに捉えられかねないといった印象を受けます。

次に②について

夏に向けて社会はどんどん良くなると確信させるようなもの。

これは少し判断が難しいですが、例えば、

「夏になれば海に行けるぞ!」
「夏になればフェスに行けるぞ!」
「夏になれば外でお祭りが楽しめるぞ!」

こういった印象を受けるコピーは避けている印象です。

また、「今年の夏は、過去一素敵!」みたいな印象を受けるものも同様です。

例えば以下のようなものが挙げられるかと思います。

※小さくて申し訳ない。

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やはりコロナがいつまで続くかわからない中、昨年とは全く違う環境の中、夏を過ごす方もいるでしょう。

ポジティブなものでも、共感が生めなければ、それは反感となって帰ってくることもあります。実に難しい。。。

影響力がある大企業ほどリスクを軽減する

という背景があるので、

最悪の場合ブランド価値に傷をつけるかもしれないようなコピーは

極力避けているのかもしれません。


では本題。ギリギリセーフは?

本題に入りますが、上記を踏まえて、NGに近いワードはどんなものがあるでしょうか。ここでは一例として、上記で挙げた2つについて考えてみたいと思います。

1.  旅行
2. 最高の夏

言い換えればなんとかなるのか??

日本語はとても難しいです。
少し言い回しを変えるだけで、似たような意味でもガラッと印象が変わることもあります。

言い換えることで上記2つのコピーをギリギリセーフにすることはできるんでしょうか。


1. "旅行" を別の言葉に言い換えてみる

例えば、「ココロがオドル、旅行にしよう」というコピーがあったとして、これをギリギリセーフにするには?と少し考えてみました。

・「ココロがオドル、巡りをしよう」
・「ココロがオドル、体験をしよう」
・「ココロがオドル、発見をしよう」

どうでしょうか。ちょっとニュアンスが変わってしまっているものもありますが、「旅行」と直接いうよりはまだましか?という気もします。

(あくまで個人的見解です)

2. "最高の夏" を別の言葉に言い換えてみる

ではこちらはどうでしょう。
最高の夏が、君を待ってる」というコピーがあったとして、こちらも言い換えてみます。

・「未だ見ぬ夏が、君を待ってる」
・「勝負の夏が、君を待ってる」
・「新たな夏が、君を待ってる」
・「一度きりの夏が、君を待ってる」

こちらはやはり言い換えると結構意味合いが変わってきますね。
「一度きりの夏」はなかなかいい線いってるのでは??

(もう一度言いますが、あくまで個人的見解です)


結論:どのみちリスクはありそう

ここまで書いてあれですが、確かに言い換えたりすることによって直接的な印象は変えることはできそうです。

ただ、やはり少し考えた時に、あれ?これっていまあんまり言わない方が良くない?となってしまう場合も往往にしてありそうな気がします。

リスクヘッジという面で言うと、言い方を変えるとかではなく、広告自体やイベント自体の方向性を全く変えてしまった方がむしろ楽かもしれません。

なんにせよ、すこしコピーと社会背景の関係について考えてみるきっかけにはなりました。

読んでくれてありがとうございました。

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