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反効率的学習のための法律学入門「法律要件・法律効果」 法解釈・適用について① #7

1 はじめに


法は、個人の自由を基底理念として、二当事者の関係を定性的かつ定量的な権利・義務関係に組み直して現実を整序する技術です。では、権利・義務関係に組み直すとは具体的にはどういうことでしょうか。どうやって、現実の諸事象を権利・義務関係に編成し直すのでしょうか。それは、「事実を認定し、それに対して、法を解釈・適用することによってである」と答えることになります。

今回はこの点を、「法律要件・法律効果」という法ルールの構造から見ていきたいと思います。

*前回の記事



2 「権利がある」とどうして分かるのか、権利は見えないのに


権利は人間が法的概念として人工的に作ったものですから、目に見えるようなものではありません。でも、「あの人にはその権利がある」とか、「あなたにはその権利はない」と言ったりします。権利なるものを目の前に置いて、お互いにそれを確認しているわけでもないのに、どうして権利があるとかないとか言えるのでしょうか。

実は、権利の存否はそれを判断する枠組みがあります。それが、「法律要件・法律効果」という法ルールの判断枠組みです(厳密には、「法律要件・法律効果」という法ルール、その法解釈・適用、それらの組み合わせによる判断枠組みです)。

権利は目に見えません。しかし、事実は目に見えます。対象となる事実が直接には見えないような場合も、関連する他の事実や証拠から推認して認定することができます。つまり、客観的にあると言うことができます。客観的にあると言える事実、これに対して、法ルールを適用することで権利の存否が判断できるようになっています。

かんたんな具体例で確認していきたいと思います。イメージ的理解のため、下図を参考にしてください。

法ルール、法律要件・法律効果



3 売買代金請求権を例に


大学生A君が、家電量販店「○○デンキ」(B株式会社が事業主体)からiPad1台を5万円で買った場合、を例にみていきます(以下、当たり前のようなことを難しく説明しているだけではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。実は大事なすべての基礎です。徐々にこれから複雑な応用にすすんでいきますので、そのためにもやはり基礎が大事です)。

B社は、A君に対してiPadを1台売ったのですから、代金5万円を支払うよう求める権利があります。では、この権利は、どこから発生し、どうしてあるといえるのでしょうか。「お店で買ったんだから、そんなの当たり前でしょ」という考え方では、いつまでも「日常の言葉」でしか思考できず、法的思考にはなりません。

売買については、民法555条に法ルールが定められています。

(売買)
第555条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

民法

この民法555条という条文で規定されている法ルールは、次の法律要件・法律効果を定めるものと理解されます。


○民法555条
【法律要件】
T①:当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約する。
T②:相手方がこれに対してその代金を支払うことを約する。
【法律効果】
R①:売主の買主への売買代金支払請求権の発生
R②:買主の売主への目的物引渡請求権を含む財産権移転請求権の発生


法ルールは、法律要件・法律効果という枠組みを形成しています。そして、法律要件に該当する具体的事実があると、その法ルールが定める法律効果が発生する、という構造となっています。上の例でいえば、法律要件であるT①とT②に該当する具体的事実(F①とF②)があると、法律効果であるR①やR②が発生する、ということです。これにより、権利の存否が判断できる構造となっているわけです(厳密には、これらの組み合わせであり、時に複雑になりますが、今回は一切省きます)。

ここでは、B社の立場で考えてみます。B社は、A君に対して代金を支払ってもらいたい。そのためには、支払いを求めることができる権利が存在していることが必要です。その権利が発生したとどうしたら言えるのか。上の記号を使うと、B社はR①の存在を主張したいというわけです。

A君は、店頭で、5万円と値段が表記されているiPadについて、「これ1台買います」と言います。お店の人は「ありがとうございす。このiPadですね。承知しました」というようなやりとりをしたはずです。このやり取りで、B社は「当該iPad1台の所有権をA君に移転させる」と約し(F①)、A君は「これに対し代金5万円を支払う」と約した(F②)、という具体的な各事実が認められます。そしてこれは、前記T①とT②という法律要件に、それぞれF①とF②という具体的事実が該当すると認められますので、R①、具体的には、「B社のA君に対する5万円の代金支払請求権の発生」という法律効果が生じたと判断することができます。これでめでたく、B社は、A君に対し支払いを求める権利がある、といえることになりました*。

以上のような判断枠組みを使った思考過程を経て、権利の存否は判断されます。


4 規範と事実


以上を振り返ると、次のことが分かります。

法ルールは抽象的な規範の世界に属します。その法律要件に該当する具体的事実は、事実の世界に属します。つまり、法が機能している様子というのは、抽象的な規範論だけでなく、具体的な事実論だけでもなく、その両者の連動、化学反応のような接触、接合により判断がされているということです。法的思考は、規範という抽象的な事柄を踏まえつつ、複雑多様な現実の世界から事実を切り出し、その両者を突合させて新しい現実を作りだすというダイナミズムを駆動させているのです。

この点、以前に示した下図を再度思い出していただければと思います。

規範の世界と事実の世界



5 補足


本記事の冒頭で、「法は、個人の自由を基底理念として、二当事者の関係を定性的かつ定量的な権利・義務関係に組み直して現実を整序する技術です」と述べました。これを、「B社のA君に対する5万円の代金支払請求権」について、かんたんに確認しておきましょう。

○「個人の自由」
A君もB社も自由な判断・行動で売買を成立させています。ごく簡易な仮設事例なので、背景事情や個別事情は設定しませんでした。よって、特に「個人の自由」まで遡って検討する要素はないでしょう(判断しなかったのではなく、「前提として「個人の自由」は確保されていると判断した」ということになります)。

○「二当事者の関係」
B社のA君に対する権利、という形となっていますので、二当事者の関係性になっています。

○「定性的」
法的性質はどうなっているか、ということです。この点は、B社の権利が売買契約に基づく代金請求権ですので、その法的な性質は、「売買という契約、これに基づく代金請求権という債権的権利である」と性質付けがされていることが確認できます。物権に基づく請求ではない、賃料を請求しているわけではない、不法行為に基づく金銭請求ではない等々、ということです。

○「定量的」
B社は権利者側として「どれくらい」何ができて、A君は義務者側として「どれくらい」何をしなければならないか。この点は、「5万円」という金銭の分量ではっきりと定まっています。B社はそれ以上は請求できないし、A君はそれ以上は支払わなくていいわけです。

○「権利・義務関係」
B社は売買代金請求権という権利を、これに対応し、(本記事では説明を省きましたが)A君は代金支払債務という義務を負ったことになりますので、権利・義務関係が形成されています。

以上から、法的概念で作られた法ルールの枠組みで、現実が組み直されていく様子の基本が明らかになってきたと思います。



(*:本記事のiPad売買事例について、B社と、同社が経営する○○デンキの店員との関係、ひいてはB社とA君との関係は、厳密には会社法15条、代理の法律関係の解説を必要としますが、複雑になりますので今回は説明を省略しました。)




*以下の記事につづく


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