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【建築】翼を広げるミルウォーキー美術館(サンティアゴ・カラトラバ)

最初に書いておくが、このタイトルは比喩ではない。
ホントに翼を広げるのだ。




2024年5月、シカゴから北へ150kmにあるミルウォーキーまでやってきた。
五大湖の一つ、ミシガン湖の西岸に広がるこの都市は、人口約57万人のウィスコンシン州最大の街である。


この街でどうしても見たい建築家の建物があった。
その建築家とはスペイン出身のサンティアゴ・カラトラバ。
建築家であり、構造家であり、芸術家でもある。

このnoteでは森のようなアトリウム(カナダ)や、


ねじれた集合住宅ターニング・トルソ(スウェーデン)を紹介している。


ヨーロッパでは地元スペインを中心に彼の設計による建物や橋が多くあるが、アメリカではニューヨークの新しいワールド・トレード・センター駅(WTC駅)が知られている。


カラトラバ建築の特徴は白いリブが織りなす造形。おそらく機能的には必要ないこのリブが建築に"美しさ"を与えている。("美しさ"とはもちろん個人の主観だが、少なくとも私には美しいと感じる)


他の建築家や建築事務所には真似のできない唯一無二ともいえるデザインを可能にしているのは、カラトラバが建築と同じく土木工学も学んでいたことと無関係ではないだろう。
余談だが、土木工学は英語でCivil Engineeringという。civil=市民という意味だが、それが土木を意味しているところが興味深い。


さて、ミルウォーキー美術館。
1882年に設立されたアメリカ有数の美術館で、1957年にエーロ・サーリネンによる本館が完成したが、コレクションの充実に伴い、その後も拡張され続けている。


今回のカラトラバの建物は2001年に完成した新館だ。

街側からアプローチすると歩道橋を渡るのだが、まずこの歩道橋が凄い。


吊り橋の一種である斜張橋になっているのだ。


ケーブルを支えるタワーも斜め。このタワーとケーブルが描く姿が絶妙に美しい。まだ入口にも達していないのに、この時点で見惚れてしまう。


シンプルに桁橋のほうが造りやすいと思うのだが、それではつまらないと考えたのだろうか?


そんな橋を渡って美術館にたどり着く。
しかし開館前なので、まずは全体を周ってみることにした。

彫刻のようなその造形はカラトラバらしさ全開だ。


裏手には豊かな水を湛えたミシガン湖が輝いている。


そのミシガン湖側からは、湖に向かって出港する船のようにも見える。


建築家曰く「エーロ・サーリネンのドラマチックな本館や都市の地形、そして(地元ウィスコンシン州出身の)フランク・ロイド・ライトの建築様式プレーリースタイルからインスピレーションを得た」ということだが、この主張の強いデザインとサーリネンやライトの建築スタイルとはあまりにも違いすぎる!


ただしエントランスは普通だ。特筆すべきものは無い。


しかし…、しかしだ。
中に入ると、


おぉ! 圧巻!


無駄に高さのあるホールはゴシックの大聖堂を連想させる。


正面にミシガン湖が見える。格子の窓越しに見る風景もまた美しい。


平凡なエントランスも、振り返ればA・カルダーの作品と相まって美しく見える。


このホールは開館時間であれば無料で入ることの出来るパブリックエリアとなっている。また美術館以外のイベントにも貸し出されるようで、前日夕方に訪れた時にはプロム(高校のダンスパーティ)が開催されていた。
良い活用だね。


ホールの地下にはトイレやロッカー、

レストランがある。


とはいえ、それほど見所はないので、上に戻ろう。


新館は本館と2本の通路で結ばれているが、

通路の先端は本館との意匠の融合を試みるでもなく、潔く突き当てている。


通路の内部はコチラ。
これまたアーチが連なる美しい空間だが、アーチこんなに必要か(笑)


通路には展示の機能もある。


天窓の設け方も凝っていて、どこまでも憎らしい。


こちらはもう1本の通路。光の入り方の違いもあるが、ピカピカに磨き上げれらた床への反射が美しくもある。


1階にはホールの他にはミュージアムショップや、

講堂がある。



ところで翼を広げるってどういうこと?
それはコレ!

翼を広げる前。

翼広げた後!


もう笑うしかない。

この翼は8~32mの72本の鋼鉄製のフィンで構成され、総重量は90トンもある。これが3分半かけて可動する。フィンには風速センサーが付けられており、一定の風速を計測すると自動的に閉じるそうだ。


翼の機能はブリーズ・ソレイユ、つまり"日よけ"ということになっている。

しかし実際には"日よけ"としての機能はあまりないと思う。ホールは高さが27mもあるし、建物本体にもちゃんとフレームがあるので、直射日光はフロアまでは届かない。そもそも翼は西に向けられている。意味ないじゃん w


では何のための翼なのか?
推測だが、それは"美しさ"を追い求めるためだ。"日よけ"はこじ付けだ(笑)


建築家の狙いとして、この新館は美術館を含めてミルウォーキーという街の象徴となるようなデザインを目指したそうだ。それはクライアントの望みでもあった。この建物は美術館であり、街の一部でもあるのだ。
始めに紹介した歩道橋もそうだ。だからこそデザイン性の強い工法(斜張橋)を採用している。


ミルウォーキー美術館のカラトラバ評には、「"形態は機能に従う(機能面が満たされるよう追求すれば、建築的な美しさは必然的に付いてくる)"が近代建築の格言だとすれば、彼のポストモダン建築はこの格言を覆すものである」とあるが、納得してしまった。
この建物は求められる機能は満たしている(と思う)が、それ以上に"美しさ"を追究し、色々なモノを付け足している。


皆さんが建物に求めるものは何か?
機能? 安全? 美しさ?
昨今の日本、いや、もしかしたら世界中で議論されていることだ。
もちろん結論が出る話ではない。そしてそれが楽しくもある。



ところでカラトラバはコスト超過、建設スケジュール遅延、訴訟に悩まされる建築家としても有名だ。
例えばWTC駅は2016年に完成したが、7年遅れで、コストは当初予定の2倍の40億ドルだった。原因の一部は発注者であるニューヨーク・ニュージャージー港湾局にもあったが、物議を醸したのは確かである。出来上がった駅舎のデザインについての批判も少なくない。
それでも今やニューヨークの観光名所の一つとなっている。


今回のミルウォーキー美術館ではそのような批判は見かけない。
予算超過したかもしれないし、問題もあったかもしれないが、市民も関係者の皆さんも概ね満足しているということだろう。


以上。


「あれ? 展示室は?」と思われた方。
実はこの新館には、通路を除いて展示室の機能はない。
あるのはチケット売り場、ホール、ミュージアムショップ、レストラン、講堂、トイレ、駐車場のみで、展示は本館にお任せだ。
ただ"美しさ"の追求のためにこれだけの建物をつくるとは、なんとも贅沢!


カラトラバとは対照的な佇まいを見せている本館の紹介はまた今度ね。



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