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母とダンス

【母とダンス】
「右、左、右、左!ほら、がんばって!」
「右、右、右、右・・・」
「もう!右ばっかりコケるじゃない!」
母がもうほとんど歩けなくなったので、前に回って両手を持って、前につんのめってこないように体重を支えながら、歩いた。
以前脳梗塞をやってから、右の足が自然に出なくなったみたいで、
「右の足が出てないよ!意識して歩いてみて~ほれ右!」
「右、左、みぎ、ひだり、みぎ・・・」
時々おちょくって
「右、右、右、右・・・」
と言うと、嬉しそうに突っ込みが入る。
「もう、ちゃんと歩けないの・・・恥ずかしいわぁ・・・」
商店街は、まだ人がいっぱいいる時間だった。
「気にしない気にしない!ダンスしてると思ったらええんよ、ダンス!ホレ!ワンツーワンツー!」
「うふふ。」
「ほれ!ワンツーワンツー♪」
母は嬉しそうだった。
まるで、ミュージカル・ビリーエリオットのワンシーンだ。
空想の中で、
母は美しいドレスを身にまとい、赤い口紅を付け、華麗にステップを踏む。
商店街の外灯が、まるでダンスホールのシャンデリアのようだ。
やがて華やかなスポットライトが、若く美しかったころの母の顔を照らし出す。
「今日はね、い~~っぱい、楽しかったわぁ。」
夕方からのほんの3時間ほどだった。
たったそれだけで、こんなに嬉しそうに笑うのだ。
・・・
ふと、母の人生は幸せだったんだろうかと、想う。
「楽しい、辛い、楽しい、辛い・・・」
人生はまるで花占いのよう。
結婚してから、「辛い、辛い、辛い、辛い・・・」
が続いた母、これから先は
「楽しい、楽しい、楽しい、楽しい!」
そんな時間を過ごしてもらえたらなと思う。
さて、彼女は最期の瞬間に
「楽しかった!」
で終わることができるのか・・・
これから先は、できる限り
キラキラした思い出で埋め尽くしてあげようと思う。

2021年4月10日(土)ModernTimesヒロ


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