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オート・リバース(小説)

今日、かえでにふられた。
放課後、校門で待ち伏せ
していた僕に、
かえではこう言った。


「言わなきゃわかんないかな? 
迷惑なのよね」


しかも女友達の前で、
聞こえよがしに言ったのだ。

女の子たちはクスクス笑いながら、
かえでと一緒に帰って行った。

 
僕は制服の裾と悔し涙を
風に飛ばしながら、
自転車で家に帰った。
 
あんまりだ。

初めは向うのほうから
言い寄って来たくせに、
僕がその気になると、
いきなり態度を翻すなんて、
何という女だ。


僕は家に着くと、
部屋にこもり、
オイオイ泣いた。

何でこんなに
モテないんだろう。
そしてたまに好かれたと
思ったとたん、
そうしてこんな手ひどい
仕打ちを受けるのだろう。

 
ひとしきり泣くと、
すっきりして、僕は立ち上がった。

立ち直りが早いのは
自分でも愛すべき特性だ。

 
誰もいないリビングに行く。

母親はパート、
OLの姉ちゃんは、会社だ。

 
一人でテレビを見ていた。

夕方の番組はバカらしい
バラエティが多く、
僕のブレイクしたハートには
ちょうどよかった。
 
何か飲もうと台所に行くと、
勝手口の猫ドアからミケが
帰ってきたところだった。

安直な名前を付けられた
三毛猫のミケは、
あんまり僕とソリが合わない。
 
無視して牛乳を飲んでいると、
寄ってきたので、
僕は無言で、猫茶碗に牛乳を
入れてやる。

ミケも無言で飲んでいた。

 
リビングに戻ると、
玄関のベルが鳴った。

インターフォンをとると、
宅急便だった。

誰もいないので、
仕方なくシャチハタを持って
ドアを開ける。
 
制服姿の僕を見て、
宅急便屋のおじさんは、

「カギっ子かい」
と言う。

中学生をつかまえて、
カギっ子はないだろう。

 
小包を持ってリビングに戻る。

姉ちゃん宛だった。
しかも何やら怪しげな会社から。

興味津々だったが、
姉ちゃんが怖くて、
中をのぞけなかった。
 
僕はそのまま小包を
テーブルに置いて、
制服を着替えに部屋に行った。

 
その後、ボーッとテレビを
見ていた。

が、時間が経つにつれ、
その軽い小包が気になって来た。
 
通信販売だろうか? 

こんな小さな小包に
何が入っているんだろう。

なにかヤバイものかな? 

女しか必要のないものとか? 

 
中学生の幼い
スケベ心と好奇心は、
僕にそろりそろりと
小包を開けるように命じた。

それに案外、包装が簡単で、
きれいに包み直せば、
姉ちゃんには、
ばれそうもない。
 
第一、二年間思い続けた
かえでにふられた今、
僕にはこわいものなどないのだ。

さぁ、姉ちゃん、かかってこい。


一人いきり立って小包を開けると、
小さな箱が出てきた。

さすがに心臓がバコバコいう。


仰々しい桐の箱の中には
一体何が入っているんだろう。
 
恐る恐る開けると、
そこには小さなビンが入っていた。

僕は首をかしげ、
そして箱の中にある小さな
説明書を開いてみる。


「・・・フェロモン?」

 
なんと姉ちゃんは男に
モテたいがために、
通販でフェロモンを
頼んでいたのだ。
 
僕は腹を抱えて笑いたいのと、
姉弟してモテない不幸を
嘆きたいのが一緒になって、
なんとも言えない気持ちになる。
 
が、ふとある考えが浮かんだ。
これを利用して、
かえでを振り向かしてやろう。
 
ちょっとこのフェロモンを
拝借して惚れ薬なるものを
作ってみることにした。

 
小心者の僕は、
コップに1,2滴、
この液をたらすと、
すぐさまそれをもとの箱に仕舞い、
包装し直した。

これで姉ちゃんにはバレまい。

 
僕は何気に液体の匂いをかいて、
吐き気がした。
何とも表現しがたい
動物的なニオイがする。
もっとさわかやな
香水みたいなものだと
思っていたので、
このまま使うのは気がひけた。
 
そして、自分が欲しいのは
フェロモンではなく、
かえでを振り向かせるための
惚れ薬なのだと思い返す。

それには何らかの
まじない的要素が不可欠だ。

 
説明書をちゃんと
読まなかったことに不安を感じた。

姉ちゃんが購入したということは、
男にモテるための
フェロモンかもしれない。
そんなことになっては一大事だ。
 
僕はあれこれまじないに
効きそうなものを考えた。

男に好かれないようにするには、
男っぽい何かが必要だ。

そこで、親父のムスク系の
整髪料をいれてみた。

ダンディなオヤジ臭が広がった。
これで大丈夫だ。

 
さて、惚れ薬の基盤は
できたようだけれど、
一番大切なまじない的要素が
欠けている。
 
かえでを振り向かせる
ための惚れ薬。
足りないものは・・・? 

 
僕はかえでとの思い出を
振り返ってみることにした。

そう、あれは寒い冬の夜。
塾の帰りに自転車の後ろに
かえでを乗せて家まで
送って行ったことがあった。
 
僕はフリースにジーンズ、
かえでは、女の子らしい
スカートにハイソックスをはいていた。

 
その時、確か、
かえではこう言った。


「鈴木くんって、制服より、
カジュアルな方が似合うよね」


そのときのジーンズを
今もはいている。

 
ピンときた。

かえでが褒めてくれたものを
使わない手はない。

僕はジーンズの前ボタンを
1個引きちぎり、コップの中に

ポトンと落とした。


「僕の片想いが、
逆にかえでの片想いに
かわりますように」

 
そう願いをこめたものの、
実験が必要だと思った。

僕はまるで研究者きどりで、
マスクをすると、
コップをもってベランダに出る。
 
と、そこに、ちょうどミケがいた。
僕に好意的ではない猫。

ちょっと試しに
惚れ薬をかけてみよう。

 
スプーン半分ほどの
少量の惚れ薬を、
猫の額につけてみた。
 
しばらく、シーンとした
妙な沈黙がある。

が、何の変化もない。
 
当たり前か、と、
ベランダから部屋の中に入ろうとすると、
ミケの額に、
一羽の雀が降り立った。
 
ミケも固まっている。

雀は、愛おしそうに
ミケの額の上でチュンチュン
さえずっている。
 
ミケの当惑した顔は
おもしろかったが、
それ以上に、状況が不気味だった。
 
僕はとっさにもう1個ボタンを
はずしてコップに入れ、

その液体のしずくをミケにかけた。
 
まじないを解くには、
同じことを繰り返せば
いいのではないか? 

が、なんということだろう。

 
効果が逆になってしまった。

ミケが僕に惚れてしまい、
僕はあわてて、
液体にもう一個ボタンを入れて、
それを雀にかけた。
 
するとどういうわけか、
猫と雀と僕の怪しい
三角関係ができてしまう。
 
ニャン・チュン・ボク・・・。

ああ、なんと
切ない関係だろう。
 
僕の作った惚れ薬は
本物だったようだ。
明日かえでで、
試してみたいものだ。

                了


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