見出し画像

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第二章「性愛の山」 37

 翌朝早く起こされ、おみよに身体を洗われた。
 あの行為や、昨日の安寿とのことなど、聞きたいことは沢山あったが、おみよは淡々と無表情で仕事をするので、声をかけづらかった。
 飯を食わされ、綺麗な着物をきせられ、女たちから化粧までさせられた。
「いやん、この子、ほんま可愛いわ」
「こうした方が、もっとええんやない?」
 などと、女たちは、きゃっきゃっ、きゃっきゃっとはしゃぎながら、権太を玩具にしていた。
 昼前に寺から迎えがきた。
 昨夜の坊主ではなかった。
 八郎の倍はあろうかという大男だ。
 鴨居に頭をぶつけ、小屋がぐらりと揺れ、倒れそうになった。
「壊すんじゃないよ、頭を下げな!」
 老婆が怒鳴ると、男は慌てて頭を下げた。
 毛虫が這っているかのようなげじげじ眉毛、秋津のように大きな目、猪のように跳ね上がった鼻、蛙のように大きくて分厚い唇、何でも噛み砕いてしまうそうな、がっしりとした顎、着ている法衣が小さいのか、袖から覗いた腕には筋の立った肉がたっぷりとつき、裾からはみ出した脛は毛むくじゃらで、この前出会った山賊も熊のようだと思ったが、それよりも熊であった。
 いや鬼である。
 老婆は怖がりもせずその鬼に、銭を寄越しなと手を出し、坊主はすぐに袋を手渡した。
 いちいち全部数える間、坊主はその大きな体を窮屈そうに折り曲げ、正座して大人しく待っていた。
 おみよが白湯を出そうとしたが、
「そいつにはいらないよ」
 と、老婆がぶっきら棒に言った。
 銭はきちんとあったようだ。
 すると、急に優しい口調になって、
「確かに受け取りましたよ、安仁様によろしくお伝えください」
 と、権太を押し出した。
 坊主は、小屋から出るときも鴨居に頭をぶつけていた。
 権太は振り返ると、老婆は、まるで餌を漁りにきた野犬を追い払うように、しっ、しっと手をやった。
 ここにはもう居場所はないのだと思い、大人しく坊主の後についていった。
 外に出てもう一度振り返ると、小屋から女たちが顔を出していた。
 おみよもいる。
 女たちは、「達者でな」「仰山可愛がってもらうんよ」「なんかあったらお出で」と、笑いながら手を振っていた。
 おみよだけは手も振らず、寂しそうな顔もしないで、権太が連れていかれるのを黙って見送った。
 老婆に怒鳴られたのか、女たちは慌てたように小屋に入っていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?