【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 9
翌朝、朝早く十兵衛は出かけていった ―― 上流の村と交渉に行ったのだろう。
帰ってきたときには日が落ち、もうすぐ明かりなしには歩けないという頃合いだった。
着物は埃まみれで、草鞋は泥まみれ、その足も汚れている。
「これはこれは、如何いたしました?」
源太郎は、十兵衛の酷い身なりに驚き、おえいにすぐに世話をさせた。
姉は、十兵衛の汚れた足を洗ったり、着物を脱ぐ手伝いをしたりと、甲斐甲斐しく世話をしている。
「いやなに、暗くなってきたので先を急いでいたら、足を踏み外してしまいましてね」
十兵衛は、けたけたと笑う。
「それはそれは難儀なことで。お怪我などなされませんでしたか?」
「何処も」
「それはようございました。この辺りは日が落ちるのがはようございます、できればお早くお帰りになられたほうが宜しいかと。上の村との話し合いも大事でしょうが」
「ん? うむ、左様ですな。気を付けまする」
その日は余程疲れていたのか、十兵衛は粥を啜ったあと、すぐに床に入った。
翌日も十兵衛は日が明けきらないうちに出ていった。
そして帰ってくるのは遅く ―― 昨日よりは若干早かったが。
「それほど話し合いは難儀しておるのですか?」
源太郎が尋ねると、十兵衛は、
「ええ、まあ……」
と、曖昧な返事しかせず、この夜も一杯の粥で腹を満たしたあと、早々に床に就いた。
次の日も、朝から出かけていった。
その日も遅くなると思った姉は、お昼にと握り飯を持たせた。
白飯の握りである。
源太郎は、大事な米だ、それでなくても自分たちは稗の粥を食べているのだ、白米の握り飯ではなく、稗の握り飯でいいのではないかと、おえいを嗜めた。
だが姉は、明智様は村のために働いていらっしゃるのだからと、その日から毎日白米の握り飯を持たせた。
権太も、それには賛成だった。
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