【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 4
やはり領主の使いで来たらしい。
煤けた囲炉裏の傍らで、夕餉の粥を啜りながら十兵衛は話した。
権太は粥を啜った後、枯れ木で囲炉裏の灰をいじっている。
米一に、稗九の、白湯っぽい粥である。
「このようなものしかお出しできず、申し訳ありません」
と、父は申し訳なさそうに出したが、
「いえいえ、忝い」
と、十兵衛は押し頂いて受け取った。
権太の家はまだ良い方だ。
他の家は稗だけ、最悪は白湯だけで済ましている村人もいる。
権太の父 ―― 源太郎は庄屋荘三郎の異母兄弟である。
前の庄屋である荘三郎が、素性良からぬ女と作った子が源太郎で、分家に跡取りがいなかったので、娘婿としていまの家に入った。
村の中の立場としては庄屋の次なので、家もまま大きい。
そのため、庄屋から頼まれ、こうやって客人を泊めることがある。
源太郎の父の代は、客人は庄屋の家と決めていたが、いまの代から分家の源太郎の家にとなった。
現庄屋の荘三郎が、余所者を泊めるのを嫌がるからだ。
源太郎と荘三郎の父 ―― 権太の祖父にあたるが、先の荘三郎は、万事派手好きな人だったらしい。
庄屋として村人の信頼は篤く、よく仕事はしたが、遊びもよくしたらしい。
村人の息抜きのためだと称して、幸若舞とか何とかを呼び、家に泊めていたようだ。
その中には、素性怪しい女たちもいて、そのうちのひとりと懇ろになり、その娘が子を産んだ。
それが源太郎だ。
女は、源太郎を産むと、ふいっと消えてしまった。
嫁を取らせたら落ち着くだろうと、若い娘をあてがった。
その娘が産んだのが、いまの荘三郎である。
というわけで、源太郎のほうが年上だが、継子ということで、荘三郎や荘三郎の実母からよくいじめられたものだ。
いじられる原因は、腹違いというだけではない。
源太郎の見目形が整っていたのも要因だ。
源太郎は、庄屋が代々受け継ぐ、真四角な顎に、げじげじ眉毛、窪んだ大きな目と上擦った鼻とは大違いで、面長で、目元のすっきりとした、どちらかというとお公家のような顔立ちであった。
消えた女は、公方様の落とし子じゃないかという噂が立つほどだ。
そのため村の女子から熱い視線を向けられた。
そういうことが、荘三郎や継母の癇に障ったらしい。
義母からは何かにつけて荘三郎と差を付けられ、荘三郎からは難癖を付けられた。
そういう上下関係が、分家に入ったいまでも続いており、以後庄屋では客人を泊めないという仕来りができた。
その血を引いてか、権太も面白で、目元のすっきりとした、幾分おちょぼ口の、男の子(ぼう)とうよりも、女の子(びい)と間違われる。
十兵衛のことを女みたいだと思ったが、他人のことは言えないのである。
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