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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 19

 そんなこんなで、稲穂の収穫が終わったあとも権太の屋敷に居座ることになった。
 村人にとっては頼れる者ができたと、庄屋を差し置いて何かと相談事を持ち込んだ。
 庄屋自身も、それなら明智様に相談しろと、面倒事を振ってくる。
 源太郎は、「そんなことお断りすればよいものを」と話すのだが、「まあ、ついでですから」と、そそくさと出かけていき、上手く差配してくる。
 となると、さらに村人は相談事や揉め事を持ってくるという事態。
「これは、なかなか帰れませぬな」と、十兵衛は苦笑い、「いっそ、このままここで暮らしますか」
 権太は嬉しかった。
 十兵衛がこのまま一緒に暮らしてくれれば、楽しいに違いない。
 それまでは、源太郎と姉の三人暮らし ―― 母はとうに亡い。
 日が昇るころに起きて、畑仕事を手伝い、朝粥を啜り、田んぼにでて草取りをして、合間に稗粟の握り飯を頬張り、村の子どもたちと駆けっこをしたり、かくれんぼをしたり、日が西の山際にかかったら家に帰って粥を啜り、父が囲炉裏端で草履を編む音を聞きながら眠りにつく、そして何やらわけの分からぬ夢を見て、日が昇るころにまた目を覚ます…………………同じようなときが、淡々と流れていく。
 これが一年、二年、三年………………死ぬまでずっと続く。
 年に数度祭りがあったりで、その瞬間だけ村は蛍のように淡く光るのだが、終われば再び暗い闇へとかえる。
 その繰り返しが永遠と続く。
 父も、庄屋も、村人たちも、そして祖父も、先祖も、そうやって過ごしてきた。
 権太も同じで、やがて権太の子も、その子も、そしてその子も………………つまらない日常が続いていくのだろう。
 そんなところに、一匹の蝶が飛び込んできたのである。
 その蝶は、方々を回り、面白い話をたくさん持っている。
 鎮西の大猪の話や、奥州の黄金寺の話、双子島の化け狸の話………………十兵衛は、夕餉を平らげたあと、そんな話を聞かせてくれた。
 面白かったし、楽しかった。
 いつかは十兵衛と一緒に放浪をしたいとも話した。
「拙者と? 構わんでござるよ」
 十兵衛は快く承知してくれた。
「明智様、それは……」
 源太郎は気掛かりなようだ。
 当然だろう、たった一人の跡取りなのだから。
「いや、まあ……、拙者ももう流浪は十分楽しみましたので、ここで腰を落ち着けないとですからな」
 と、十兵衛は笑って誤魔化していたが、権太はいつかきっと……と思っていた。

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