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素敵な靴は、素敵な場所へ連れて行ってくれる。 31

「それでさっき、私、少し、驚いたのよ、あなたと彼が一緒に食事に行ったっていうもんだからなんか彼が凄く積極的だなと思ってね。」
 笑みを浮かべながら、そう話す。
 有美は、少しだけ気持ちが楽になった、実際のマネージメント上の理由があるにしろ、その根底の部分で、大津のある種、子供じみたような、自身に対する気持ちが素直に嬉しかったし、もちろん本人の性格に帰すところが、大半だろけど、こうして包み隠さず、それほど親しくもない部下に、そのあたりの事情を話す上司である南村、いままでは、会社に対しては、突き放すような、どちらかと言えば、冷めた見方しかできなった有美だったけれども、、今はなぜかしら少し上司に恵まれてきたような気がした。
 大津に対しても、これからは今までとは少し、見方が変わるかもしれない、けれども大津が一派遣社員の自分に対しての配慮の理由が、たとえ、つまらない理由だとしても、わかってよかったと、有美は思った。
 二人して店を出ると、これから予定があるという、南村と店の前で別れた、有美が礼を言うと、彼女は再び日傘をさして、じゃあまたねと言って、歩き出した。
 彼女のスカートから見える、細く長い足が、有美には、陽炎のみたいに、揺れて見えた。
 
 

 ドアを開けると、心地よい冷風が流れてくる、それで拓海がいることが分かった、南村と別れた後、有楽町にある目的の店に行った後、友人がやっている店にも寄ったので、予定していた時間より、少し遅くなってしまった。
 部屋へ入っていくと、ベッドのある部屋で、拓海が電話で誰かと話していた。
 邪魔にならないようにと、音をたてないように、着替えを始めると、目配せして拓海がキッチンの方へ移動した。
 拓海は電話口でしきりに、礼を言っている、心なしか声が嬉しそうに有美には思えた。
 電話を終えると、着替えを終えた有美が、
「邪魔してごめんね。」というと、拓海は、嬉しそうに、いいよというと、
「それよりね・」
 少し興奮気味に有美に話しかけてきた。
「去年、僕が発表した作品がね、今年度のK賞の候補になったんよ・・・もちろんほかにも候補作品はあるんだけどね、結構有力らしいんだよ、今それで出版社からの連絡だったんだ」
 有美は素直に、それはよかったね、獲れるといいね、とさらりと返事をした。
 拓海は、有美の反応が、不満だったのか、
「このK賞っていうのは、演劇やってる人間ならだれでも、知ってるものなんだよ」 
 そう言うと、少し不服そうな眼を有美へと向けた。
「ごめん、そんなに凄い賞なんだね、ほら、あたし、あんまりそっち方面興味ないしね・・あとで、ネットで調べとくよ・・・・けど凄いよね・・・選ばれるだけでも・・・・」
 拓海の勢いに少し押されたのか、有美は少し申し訳なさそうに、返事をした。
 拓海は、冷蔵庫から、缶ビールとると、ダイニングの椅子に腰かけて、一人で飲みだした。
「そういえば、有美は、まだ一度も舞台、見に来てくれたことなかったよね・・・」
「そう・・・・だった・・・かな・・・・」
 有美は、少しはにかみながら、胡麻化すように曖昧に返事をした。
 実際、拓海の言う通りだった、一緒に暮らし始めて二年、その間、有美は一度も拓海の劇団の公演は見には行っていない。小学校のころから理科の実験が好きで、それが高じて工学部へ進んだ有美には演劇や演技は遠い世界の話だった。
 それに有美には、別に彼の生み出すものが好きだったわけではなく、その目標へ向かって進む情熱が羨ましく、眩しかっただけで、演劇が好きだったわけでもないし、今でも興味すらない。


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今宵も最後までお読みいただきありがとうございました。

また、少し間隔があいてしまいました、申し訳ありません。


漸く物語が完成しましたので、これからは随時掲載したいと思います。


ご感想などお待ちしています。

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