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素敵な靴は、素敵な場所へ連れて行ってくれる。37

 駅から劇場までは、徒歩で五分ほどだった。
 駅前繁華街の一角にある、その劇場は周りの商店などに挟まれた感じで、歩いていると突然現れた。
 入り口付近は、開演時間が近いせいか、開場を待つ人たちで人だかりがしている。有美は駅から地図アプリを見ながら来たので、突然の人だかりに少し驚きつつも、結構な人数の観客の数に少し安心した。ここへ来る前は、観客が少なかったら、どうしようと少し不安だったからだ。紗季も誘おうとも思ったが、たぶん彼女は、演劇などには興味はないだろうと思い、声をかけなかった。
 

 拓海に黙って彼の作品を見に来ようと思ったのは、彼にあまり気を使わせたくなかったのと同時に、少し離れた位置で、彼の作品を見たかったという気持ちが強い。
 会社帰りの夕方の時間は、観劇にはちょうど良かったし、家に帰って拓海に今日見に行ったといえば驚くだろう。心配はここで彼に見つかりはしないかということだけだ。
 チケットを入口で買う、予約もしてなかったので少し不安だったが、幸いにして空席があった。プログラムをもらうと、すぐに拓海の名前を探す。
 当然演じる俳優たちが大きな字で書かれている中で、作者演出の項目に小さく名前が書いてあった。
 
 劇場は、百人くらいは入れる規模だった、入口が小さい割に奥行きがって、舞台も広そうだ、有美とって「観劇」なんて生まれて初めのことだった。
 周りの観客は有美と同年代くらいか、比較的若い人たちが多くて、大学生らしき人たちもいた、結構女性が多いのも有美には驚きだった。
 暗転して、幕が上がり、始まった。
 内容は、3人の女性が一人の男性をめぐる物語だった。一人の女が叫ぶように台詞を吐き、もう一人の女は、対照的に終始静かな口調で話す、そしてもう一人の女はその中間のような役柄だった。
 三人の女性たちと、それをめぐる一人の男の、それぞれの人間模様が、時には喜劇的に、時には悲劇的に描かれていた。
 有美は、ふと例のあの絵の事を思い出した、偶然にもあの絵と同じ三人の女性をめぐる物語に、少し興奮を覚えた。
 もちろん拓海はその絵の事は知らないし、それはたまたま偶然だとは思うけど、物語の内容より先に、取りつかれたように、自分の横でこの物語を綴っていたことが、こうして演劇として結実していくのかと思うと、そっちの方が感慨深かった。
 

 二時間近く繰り広げられるそのストーリーに、正直有美はついていけなかった。
 少し、周りを見てみる、皆一様に真剣な眼差しで舞台に集中している。
 有美は、その舞台より、観客たちのその集中度に、寧ろ驚くばかりだった。
 幕が下りて、拍手が止んで、観客たちが席を立って帰りだす、歩きながら有美は聞き耳を立てるように、他の観客の反応の方が気になった。
 有美には、その内容が、やや複雑なように思え、一体何を基準にすればよいのか、正直わからなかった。
 
 けれど以外にも、皆一様に、良かったとか、感激したとか、そんな声が有美には聞こえた、ちょうど有美の前に座っていた、中年女性の二人組などは、前作より数段によくなったと話し合っていた、彼らが言う「よかった」というのが、役者たちの演技を指すのか、演出や原作を指すのか、素人の有美には全くわからなかったが、有美には悪い気はしなった、むしろあれほど悩んで作品を生み出している、拓海の姿を近くで見ているだけに、観客たちの肯定的な評価は、なにか我がことのように嬉しかった。
 帰って、今夜観劇したことを、拓海に話して驚かせてやろうと思って、随分遅くまで待っていたが、有美が起きている間に、拓海は帰ってこなかった。
 
 
 南村と休日出勤した日、彼女が言っていた、大津からの報いを実行してもらえる日が来た。
 いつものように、紗季と昼食をとっていると、南村からラインがきて、金曜日の都合を聞いてきた、有美が空いていますと、返事すると、孝之と三人で食事に行くと返信してきた。
 最近、南村は、有美の前では、大津の事を平気で「孝之」と呼ぶ、もちろん社内では、ちゃんと呼んでいるのだが、あの日曜日以来、そのあたりの配慮というか遠慮が、有美に対してはなくなったのだろうか。
けれど、何か大津と南村と有美と、その三人で秘密を共有しているようで、有美には少し嬉しかった。
 少し、にやけながら返信すると、あざとく紗季が理由を聞いてくる。
「なんか、楽しいこと?」
「まあね」
「そうだ、また、新しいとこ見つけたんだ、また一緒に行かない。」
「うん、行こう」
 有美はいつもなら、もっと積極的に返事するのだが、今日に限っては少し虚ろに紗季にそう返した。

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今宵も最後までお読みいただきありがとうございました。


はじめて、拓海の劇をみた、有美・・・・

これから少し物語違う展開を見せています。



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