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『マチネの終わりに』第九章(2)

 蒔野は、生まれてきた子供のか弱い健康に強く心を打たれた。

 自分たちが世話をしなければ、生存することさえままならないというその頼りなさと、やがてはその生存を自らのものとすることとなる肉体の精緻なシステムとが、彼の内側に、新鮮な興奮を喚起した。

 優希と名付けられたその子供は、蒔野の生活を数々の新しい音で満たした。

 泣き声は勿論、寝息や微かな発声、ちょっとした衣擦れやベッドのきしみ、子守歌のCD、鳴り物のオモチャ、そして、母親としての早苗のやさしい声、……そうしたすべてが、彼が日常の中で知る初めての音であり、例えば今、自宅でジョン・ケージの《四分三十三秒》を演奏するならば、その楽器編成は一年前とはまるで違ったものとなっていた。

 練習をしていても、しばらくは子供のことが気になって、急に静けさが心配になって様子を見に行ったりした。寝顔もさることながら、蒔野はその手を見るのが好きだった。

 まだこの世界のどんな物の感触も知らない手。――自分の手もこんなだったのだろうかと考え、息子をギタリストにすることが夢だった父は、それをどんな思いで見ていたのだろうかと、思いがけず、その心境を思いやった。その時から、四十年ほどを経て、自分の手は今、こうなっている。……そんなことを考えながら、両手を握ったり開いたりして、自分が楽器を奏でることで生きていることを、改めてふしぎに感じた。

 夜は、早苗を休ませるために、蒔野が優希にミルクを飲ませた。早苗は彼の睡眠不足を気遣ったが、その三十分ほどの娘との時間が、彼は好きだった。真冬なので、風邪を引かないように厚着をさせて膝の上に乗せたが、上体をやや起こして安定させるのに、ギターの足台が役に立った。無理強いしても嫌がるばかりだが、コツを掴むと吐き出すこともなく、よくミルクを飲んでくれ、おくびもスムーズに出した。そうした赤ん坊の扱い方には、どこか楽器の鳴らし方にも似たところがあった。

 蒔野は、まだ首も据わらない子供の三キロほどの重みと柔らかさ、そしてそのひっそりとした熱を感じながら、この子の誕生を、間違いの結果だと考えることを強く拒んだ。もし洋子と結ばれていたならば、この子は今、この世界に存在しなかったはずだった。それを願うことなどとても出来ないと感じた。


第九章・マチネの終わりに/2=平野啓一郎 

#マチネの終わりに

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