藤村羅甸

京都在住。小説を書いています。 https://twitter.com/hippop…

藤村羅甸

京都在住。小説を書いています。 https://twitter.com/hippopotamomus

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掌編「京都三条中古ジャズレコード店」

河原町三条の雑居ビルにひっそりと店を構える、老舗の中古ジャズレコード店がある。河原町近辺ではよく似た感じの中古レコード店がいくつも点在する。が、その店はそれらの中でもひときわ敷居の高い店だ。私は構わずドアを開けて入る。 店内は夥しいジャズのレコード、CDの山である。こういうのも見慣れた風景ではあるが、やや違っているのは店主がドレッドヘアの若者などではなく、よぼよぼの爺さんであることだ。開店したばかりで店内は無音、客は私一人だった。すかさず店主がBGMをかける。モダンな感じの

    • 競馬場へ行って来た

      リニューアルされた京都競馬場行ってきた。自称ギャンブル狂の友人に誘われてだ。私はギャンブルはまったくやらないし馬券も買うつもりもなかったのだが広義の取材と考えて足を運んできた。何事も経験である。 とにかく広大な施設には驚かされた。また一昔前の競馬のイメージとは違って若い人が多かった。家族連れやカメラを持った女性もちらほら見かけた。洗練された空間とさえ言っていい。そもそもが競馬ってのは貴族の遊びだったのだ。無論昔ながらのおっさんも多かったが。 パドックというのを見物。馬はと

      • 同人活動

        さて、私は文芸雑誌をほとんど買ったことがない。小説を書いてその都度新人賞に送っているにも関わらず、だ。また、この賞はこんな傾向があるからこんな書き方をしようとか、この作品は○○賞で最終に残ったから読んでおかなくてはみたいなこともあんまりない。基本自分が読みたいものしか読まない。所謂「公募勢」のくせに果たしてこれでいいのだろうか??が、前回にも書いたがに私の「公募」に対する野心、モチベーションは明らかに失速している。今後ますますその傾向は強まって行くのではないかと考えている。そ

        • 物書きとしてどうしたいか

          私は今後物書きとしてどうしたいんだろう?そんなことを時々考えるようになった。 これまで私は公募に挑戦することを主として執筆活動を行ってきた。が、昨年暮れに第16回銀華文学賞で佳作に入ったことで賞レースに対する野心みたいなものが薄れてしまった。なんや佳作に入ったくらいで・・・・と思われるかも知れない。が、人の欲望というものは際限がないのであって、この先も賞レースに挑戦し続ける限り自分の心が満たされることはないんじゃないかと思うのだ。 そもそも私が他人からなぜ小説を書くのかと

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        掌編「京都三条中古ジャズレコード店」

          「光の君へ」徒然

           私が初めて源氏物語に触れたのは高校の国語教科書であったと思う。確かそこには藤壺と通じたことが原因で須磨へ流された光源氏が海辺に佇む様子が書かれていた。そのときの光源氏の様子を形容するのに「ゆゆし」という古語が使われていた。そしてこの「ゆゆし」という言葉の意味は何だと思いますか?と国語教師が生徒に順番に当てていった。「ゆゆし」とは今にも消え入りそうな儚げな光源氏の佇まいの美しさを形容したものだろうと私は直観的に感じた。だが私は自分の順番が来ても分からないと答えた。私だけでなく

          「光の君へ」徒然

          一年振り返って

          暇なので何か書きたいと思います。 まあ、今年一年振り返ってというより年取ってからの月日の流れの速さには唖然としてしまいます。ついこの間文学フリマに初めて出たと思ってたらもう今年も残すところ僅かとなっています。うかうかしていられません。来年私も五十五歳。四捨五入すれば還暦でございます。 が、そんな風に気ばかり焦って執筆の方はさっぱり進まない一年でした。そんな中でも第16回銀華文学賞で最終候補に残ったこと。これは一つの成果であり少しは自分を認めてやってもいいのではと思います。

          一年振り返って

          YouTube見てダラダラしたい

          さて、私はのんびりテレビやYouTube見たりしながらダラダラ過ごすことができない。絶望的にできない。何か意味のあること(私にとって)をしていないと気が済まないのだ。これは私が真面目であるとか勤勉であるとかいうことではないと考えている。 自慢ではないが私の仕事はパートなので自由に使える時間は多い方だと思う。贅沢な話だが多すぎて持て余しているのが実際だ。ならばその時間を有効に使って執筆をしたり読書をしたりすればいいのかも知れない。実際そうしている。結局休日で一人でいる時などは

          YouTube見てダラダラしたい

          小説「自転車」

           私は数日前から街のゴミ捨て場にうち捨ててある、タイヤの空気が抜けた赤い自転車が気になっていた。通りかかるたびに、この自転車はまだ乗れるんじゃなかろうかと考えていた。仔細に眺めてみればまだまだ新しく、ギアがついている。いい自転車ではないか。そんな自転車が何故ここにうち捨てられているのか。大体がここはゴミ捨て場と言っても生ゴミやプラスチックゴミ専用の場所だ。恐らく常識を知らぬ輩が置いていったのだろう。けしからん話だ。当然自転車は回収されることなく放置されている。時々「これは回収

          小説「自転車」

          親とはなんだろう

          ついさっき実家の母親と電話で話したのだが実に腹立たしい。 五十四歳の息子をつかまえてやれ酒を飲むなとかやれ貯金をしろ云々。果ては私の容姿についてとやかく言う。まったく呆れる話だ。それに対し私は酒を飲もうが飲むまいが、金を遣おうが貯めようが、太ろうが痩せようが勝手にするわいと返した。干渉してくるなバカ者めとつけ加えた。 私の両親は高齢だが健在である。病気もしたが九死に一生を得て何とか今日に至っている。そんな親に対しこんな暴言を吐くのは酷いのかも知れない。今頃息子はなんと冷た

          親とはなんだろう

          小説「今日も一日を下らなく過ごした」

           目覚めるとカーテンの隙間から鈍い日の光が差し込んでいる。どうやら夜が明けたようだ。と言っても私には昼も夜もあまり関係がないのだが。季節は冬であるが、それも同様だ。枕元の置き時計を見る。夜が明けたといっても既に正午に近い。置き時計の隣には昨日飲み残したウイスキーの入ったグラスがある。私はまず手を伸ばして そのグラスに三分の一ほど残っているウイスキーをぐっと飲み干した。いきなり食道の辺りがかっとなり、焼けつくようだ。そしてのろのろと布団から這い出し、炬燵の上に置いてあるエアコン

          小説「今日も一日を下らなく過ごした」

          「自分のこと」以外

          久しぶりの更新となります。 noteも長いこと放置してしまいましたが、更新しないんですか?という声もあったりでちょっと書いてみようかなという気になりました。 そもそも小説を書くようになったのも十数年前にブログ記事を書き始めて、俺って小説も書けるんとちゃう?と安易に考えたのが始まりです。ブログは十年以上続けていたのでこういう文章スタイルには馴染みがあります。その延長線上に私の小説作品も位置するのかも知れません。これまでに書いたものはどこか私小説的であり、正直文体も一昔前のそ

          「自分のこと」以外

          今日はよく書きました。

          時間があるので何か書きたいと思います。 今日は仕事が休みでありまして久しぶりによく書いて読みました。新しい小説のプロットを書いていて大まかな形が出来上がったところです。以前書いたコメディ調作品のようなものになるかなと思っていたのですが、あんまり笑える話ではなくなってきました。 私の場合大きなテーマが最初にあって、次にストーリー、キャラクターがついてくる感じで書き進めているんですが、これまでの作品はどうも登場人物が魅力に乏しいような気がします。ならばキャラクターを先に考えて

          今日はよく書きました。

          幸せってなんだろう

          先日誕生日を迎えました。五十三歳です。もはや中年というより初老です。しかし内面はというとまるで年相応でなく未だに中二病をこじらせた子供のようなものです。小説への熱い気持ちを持っているのはいいことかも知れないですが、五十三歳にして作家を夢見てるのだから痛々しい気もしないでもありません。 それでも今私は幸せかもしれない。きっと人生で一番幸せな時なんだろうと思います。物質的には収入も少なく車も持たず未だに賃貸マンションに住んでいます。結婚はしましたが(二回目です)精神病を患い友人

          幸せってなんだろう

          人の心

           久しぶりの更新です。しばらく羅甸言行録という随筆のようなスタイルで書いてきましたが、言行録というのが何だか気取った感じがするのでやめることにします。考えてみれば「藤村羅甸」というのもどこか気取った感じがします。大阪の詩人が提案してくれたペンネームですが、そもそも羅甸って読みづらいし読者に覚えてもらいにくいですよね。然しこのペンネームで少しずつ認知されている所もあるのでこのまま行くとします。  記事タイトルもタイトルをつける練習のため毎回考えようかと。タイトルをつけるのが上

          短編小説「正月」

           せめて今日は年越しそば食って紅白見て、三が日は寝て暮らしたい。できれば誰にも邪魔されずに妻と静かに暮らしたい。大掃除が完了してベランダで一服。光司はそんなことを考えながら中空に消えていく紫煙を呆けたように眺めていた。マンションの下のガレージでは他の住人がせっせと大事そうに車を洗っている。道路を挟んだ向かい側の住宅では玄関ドアにしめなわを取り付ける作業をしている。その前で鮮やかなダウンジャケットを着込んでおもちゃのごときものを広げて遊ぶ子供たち。さて、正月は飲むぞ、等と考えて

          短編小説「正月」

          羅甸言行録 12月14日

          世の中には2種類の人間がいます。すなわち仕事をする人と仕事をしない人だと思います。 今日も仕事では気疲れしました。みんな目の前の仕事だけやって時間が経てば帰ればいいと思っているんです。全体を見ていないし大体において動かない。指示待ち人間の集まりが私の職場であります。まともな人は煩悶し疑問を持ってどんどん辞めていく。それが私の職場です。 noteで仕事の愚痴とは甚だ無粋ですが、元アル中で精神疾患持ちの私でも一応社会人なのです。この私に言われるのだからどんなすっとこどっこいの

          羅甸言行録 12月14日