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#5 妖の巫女と呼ばれた僕はたった一人の為に世界を破壊する

第四話:情愛の果て②

本栖湖を一望できる場所にある食堂は少しレトロな雰囲気が漂っていた。
そばやうどん、そしてカレーライスやお酒まで楽しめるメニューが揃っている。
店内だけでなく外にも席が設けられており自然の風景と湖、そしてなによりも富士山を間近に感じながら食べるお昼は格別だ。
お昼を少し過ぎていたので、お客さんはまばらで混雑はしていなかった。
せっかくなので外の席で食べることにしてみた。

「えーっと、じゃあ山菜そばをひとつ!」
「はい、山菜そばですね。少々お待ちください」

山といえば山菜を楽しむのが通なんだ!と心の中で頷く私。
先ほどまでの出来事はすっかり忘れ、本栖湖を眺めながら穏やかな時間を過ごしていた。
注文した山菜そばが到着し、舌鼓したつづみを打つ。
ワラビの繊維質がしゃきしゃきとして楽しい。シイタケやナメコといったきのこ達が旨味をひきだしており、そばといっしょに喉を通っていくのがたまらない。
長いおくれ毛がつゆの中に入らないよう、耳にかけつつズルズルと音を立てて蕎麦を流し込む。
美味しいものを食べていると、笑顔になるのは世界共通だよねと心で独り言をつぶやく。

「お嬢さんいい食べっぷりだね~それ山菜そば?俺もすきなんだよねえ」

不意に話しかけられ、ぶふぉっとむせてしまう。
話しかけられた方を見ると黒い上下のスーツに緑のシャツ、磨かれた白い革靴、茶色のサングラスをかけた金髪の男性がニコニコしながら立っていた。

「え?あ、ふぁい...そう、です」

そもそもお嬢さんじゃないがと否定するのも忘れ返事をしてしまった。
変な人だったらどうしよう、いや変な人では...と怪訝な顔をしていると

「ああ~食事中にごめんね!どれにしようか迷ってたらキミがおいしそうに食べてるからさ!」

サングラスごしでも分かる整った目鼻立ち。20代前半ほどだろうか。
それに少しメイクもしているようだ...もしかしたらホストとかなのかもしれない。
ふんわりと花のような香りが漂ってくる。香水なのかな。

「はは!今の見てたら俺もそれにしようっと!!じゃあまたね」

そういうとヒラヒラと手をふって食堂の中に入っていく。
高そうな銀の腕時計が太陽に反射されキラリと光り、この場所には不似合いな格好だった。
だが一番目をひいたのは大きな黒のアタッシュケースだ。
観光に使うにはあまりに異質...。
不審には思ったがそれ以上詮索するつもりはなかった。それはお互い様だしね。

山菜そばを堪能した私は支払いを済ませ、適当に周辺を散歩してみることにした。
帰りのバスの時間までだいぶ余裕があったので森の方に行き動植物を観察することにした。
花や草花を見ていると落ち着く。森の香りも好きだ。
苔むした木々とその根がまるで侵入者を拒むかのように幾重にも張り巡らされており、歩くのは中々骨が折れた。苔のしめった場所は滑るから注意しなければ。
ときおり虫がぶーんと飛んでくるのにビクっとした。大の苦手だからだ。

しばらく探索を楽しみ、そろそろ街道に戻ろうかと思った矢先のこと。

「――オキャクサン―――」

白兎がそう話したと思ったら強烈な寒気を感じた。
背筋をなぞられるようなこの感覚は間違いない。邪気だ。それもかなり濃い。
咄嗟にボディバッグから前原さんからもらった札を数枚取り出す。
じっと身を潜めて、辺りの様子を伺うとバキ、ギチ,,,というなにかが折れる音がした。
音の方向をみると能面の若女にそっくりな巨大な顔をつけた百足がいるではないか。
なんて醜悪な怪異だ...。なぜきづかなかったのかと自分を恨む。
よく見てみると姿形は判別できるが、半分透けている...そのせいで認識が遅れたのだろう。

気づかれないうちに離れようとしたとき、苔むした木に滑り私は転んだ。
尻もちをついてとても痛い。肝心な所でやらかすのはなぜだと自分を恨む。
音に気付いたであろう怪異はグイっと顔をこちらに向けた。

「―――イ、ヒヒ―――ア――」

百足の長い体を揺らしながらこちらに向かってくる。
私は選択を迫られた。この状況で取りうる手段は立ち向かうか、逃げるか...。
ぎゅっと退魔の札を握りしめる。
相手の力もわからない上に、こんな場所で退散させることができるんだろうか。
でも迷ってる時間はない...!!
私は何よりも、そう、虫が苦手なのだ!
意を決すると木々の合間を必死に駆けていく。ただひたすら、"奴"から離れるために。

「ギィイイ―――イザタマヘェエ―――」

何らかの言葉を発しながら笑顔で追っかけてくる様は鳥肌がたった。
なによりその無数の足が生理的に無理だった。
無我夢中で走るも、街道に一向にたどりつかない。
それどころか生い茂る木々のせいか光はどんどんなくなり、辺りは夜のように暗かった。
このままでは追いつかれるかもしれない。
そう思った私は紙を結んでいた紐をはずし、札を顔にくっつけるようにして紐でとめた。
認識阻害の術で、外敵から身を守るためのものだ。
気配を感じ取られにくくすることで相手は私の居場所が突き止められなくなる。

「―――イズコヘ―――エェエ―――」

術が正常に作用したようでは辺りを見回し動かなくなった。
いまのうちにゆっくりと離れようとしたその時
百足女が上半身を上に曲げたかと思うと、勢いよく黒いモヤのようなものを辺り一帯に充満させていく。急いで口をパーカーの袖で覆うが強烈な腐臭が襲う。
これは瘴気しょうきだ...邪気を霧状にしたもので常人ならば正気を失う。
何とか耐えてはいたが顔につけた札が腐り落ちるようにボロボロになり落ちてしまった。
こんなのがいるなんて...今まで奇妙な怪異や怨霊の類は目にしたけどこれじゃまるで...

「―――ミイツケ――タァ」

妖怪だ。疑うべくもない、こんな化け物が何故...
半透明だった巨体が今ははっきりと認識できる姿になっている。
そして私は気づいた。知らないうちに入り込んでいたのは"青木ヶ原樹海"なのだと。
自殺の名所として知られるこの森は邪気が極めて濃く、人を惑わせる。
そのせいか...こんなのがいるのは。

眼前に百足女が迫る中、呼吸を整え印を結ぶ。

「来たれよ森の神 来臨せよ御霊 無間地獄むけんじごくくさびよ」

至る所に張り巡らされた木々の根が蛇のように百足女の手足に絡みつく。
ギチギチと巨体を拘束する力は樹海に住まう古い精霊の力だ。
百足女が怒りの表情になり力づくで根を引きちぎろうとしてくる。

「――グギギ―――オヤメ―――」」

退魔の札を3枚即座に構え、それらを宙に投げる。
パン!と両手を勢いよく叩くと札がそれぞれ円を描くようにして百足女を囲む。
空間が圧縮するように巨体を地に伏せさせる。
強風が吹き荒れ、結んでいない髪が好き放題に暴れまわるが気にしていられない。
鎮まれ...!!そう願い、より一層念を強めるが私は"妖怪"の力を侮っていた。

「アァアア゛ア゛ァア!!!」

百足女がそう叫ぶと3枚の札は弾け飛び、根の呪縛は簡単にひきちぎられてしまった。
万策が尽き、私はへたり込んでしまった。
お母さんたちになんて詫びようとか、白兎だけでも逃がさないと...と考えていると百足女がその顔を私に近づけてきた。食べられる?痛いのは嫌だな。
おびえる私に百足女は話しかけてきた。

「オドロカセテシマイ――モウシワケノウゴザイマス――カンナギサマ」

ぽかーんとした顔で見ている私に泣きそうな顔で百足女は見てきた。

「オケガハ――ゴザイマセンカ――ドコカイタミ―――デモ」

先ほどまで不気味な表情で追いかけてきた妖怪がうろたえているのだ。
え?どういうこと??私は状況が理解できない。

「擦りむいただけ...あの、襲わないの...?」
「オ、オソ―――トンデモノウゴザイマス―――」
「だってすごい勢いでなんか...」
「メッソウモゴザイマセン―――!」

落ち着いて百足女の話を聞くとようやく理解することができた。
私の纏う気が見知った誰かに似ていて、嬉しくて追いかけてきたのだそうだ。
何それ。無理だよそんなのわからないもん。
だってすごい邪悪な顔つきで走ってこられたら誰だって逃げるよ...。

「ダカラ、ネ、オキャクサン、イッタ」

白兎がバッグからはみ出てきて、ミニチュアの手をクイクイとあげている。
わかるかそんなの。
腹いせに私は白兎のほっぺをぶにぶにした。

「きみはじゃあ敵意はないんだね?」
「ゴザイマセヌ―――」
「じゃあなんで瘴気はいたの...」
「ソレハ―――」

要約すると、あれは攻撃のためにしたわけではなく見失い落胆したことによる溜息だったというのだ。
深い眠りについていたこの妖怪は旧知の人だと勘違いをして飛び起き会いたかっただけだった。
白兎が百足女の頭によじ登りポーズを決めている。

私は見た目とその身にまとう気だけで悪しきものだと断定していた。
そうされることを何より嫌悪していたのは誰だっただろう。

「事情はわかったよ。でも、僕は君が探している人じゃないんだ」
「僕は玲。ただの高校一年生だよ」

そう言うと百足女は少し寂しそうに笑った。そうなのですね、と。
元から妖怪だったわけではなく、遠い昔は良家のお嬢様だったらしい。
記憶はモヤがかかったように思い出すことはできないが、強く胸を焦がす想いがあったと。

【月明かりに照らされた紅葉の舞う場所で我は出会ったのです】
【白い着物に緋袴ひばかまの巫女が彼岸花の中で舞を踊っていらっしゃいました】
【誰かを失い傷心の我に優しく語り掛け、共に舞おうと誘ってくださいました】
【まるで絵物語かのように心地よく、その方の美しさに我は囚われてしまいました】

その想いが、百足女をもしかしたら縛っているものかもしれないし
穏やかな心にしているのかもしれない。
ただ言えるのは、どこかで私も懐かしいと思ってしまったんだ。
その記憶を追体験するかのように情景が浮かび上がる。
ああ―――なんでこうも―――

「コノヨウナスガタデ―――オミグルシイコトヲ――オユルシヲ」

私は百足女に近寄り大きな顔のほっぺを撫でる。

「貴女の多くの手足はそれだけ誰かと手を取り合えます」
「貴女の大きな瞳は"私"を見つけるのに役立ちますね」
「貴女の立派な体躯は"私"を抱きしめるのに十分でしょう」

ハッとした表情で百足女が手足をワナワナと震わせる。

「そして何よりも貴女は、変わらず美しいではありませんか」

百足女が両の目を多く見開き、その瞳には雨のように涙があふれていた。
なぜこんな言葉が出てくるのか自分でも分からなかった。
自分の喉から出ているとは思えない不思議な声色。
まるで夢の中で浮いているかのような、そんな感覚だった―――

それから私がここに迷い込んでしまったこと、帰り道がわからないことを説明した。
百足女は理解して街道への道案内を承諾してくれた。

「ところで、名前はあるのかい?」
「オボエテオラヌノデス――」

しょんぼりとした様子で百足女がうつむく。
いつまでも"百足女"というのも何だか嫌だから呼び名を知りたかったのだが...。
考えていると、百足女がモゾモゾと小さい何かを取り出し手渡してきた。
薄汚れた扇子で変異するまで所持していた大事なものだそうだ。
長い年月を経てボロボロのそれを慈しむように百足女は見つめていた。
かつては美しい桜の描かれた逸品だったらしい。

「ドウカコレヲ―――オモチクダサイ」

私に持っていてほしいのだそうだ。
大事なものだろうに...。
あれほどまで恐れていた妖怪が純粋な乙女にしかみえなくなっていた。
それを大事にボディバッグの中に私はしまった。

「ありがとう。君だとおもって大事にする」

そういうと百足女は顔を赤くしてそっぽを向いた。
その仕草が愛らしくて、もはや私には抵抗感がなくなっていた。

そして、送ってもらおうとしたその時―――
ふわりとした花の香りがした。

「おやおや、強烈な邪気を感じてみれば...こんな大物とはね」

あのホストみたいなスーツ...それに黒いアタッシュケース。
昼に食堂で見たあのキザな男が木々の合間から現れたのだ。

「もう大丈夫だお嬢ちゃん。心配いらないよ!」

そう言うとホスト男は、サングラスをはずし胸ポケットにしまう。
ポケットから黒の手袋を取り出して装着し、
アタッシュケースをガチャっと開けると中からいくつものダーツの矢を取り出した。

「妖怪退治ならお任せを...ってね」

ニヤっと笑ったその男からは神主の前原さんとは比べ物にならない神気を放っていた。
私はその時初めて見たのだった。

祓い屋と呼ばれる退魔を専門とする術師を――――――

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