とある中華料理チェーン店の話

そのチェーン店に初めて行ったのは
私が25歳で働いているときだった
たぶん中華料理チェーン店としては
全国にあって比較的リーズナブルな
有名な店なんだろうと思うのだけど

近くになかったというわけではない
むしろ至近距離にずいぶんと前から
もしかすると私が生まれた頃にもう
あったんじゃないかと思うくらいに
ずっと近所にあるチェーン店だった

店の前を週何度か通っていたくせに
本当に一度も行ったことはなかった
その理由はいろいろ考えられるけど
結局あまり外食を好まない親たちの
好みに合わなかったのだろうと思う

会社でいつもの働きぶりのお礼にと
食事をおごってくれることになって
リクエストを聞かれ思いついたのが
一度も行ったことないその店だった
ちょうど会社の近所に新店舗が開き
そこがいいと話したら遠慮なのかと
それでいいのかと何度も確認された

仲間うち四人でテーブルを囲んで話しながら
注文はお任せで他の三人には食べなれた味を
私だけがテンション高く初めてなのだと話し
冗談かと思うほどそれは驚きだったらしくて
これから社会を知っていくんやなと言われた

あれから今でちょうど十年が経って
そして私は社会を知ったのだろうか
カウンターで一人食べることくらい
平気になった自分をあの頃の自分は
想像もできていなかっただろうなと
中華料理チェーン店でふと思い出す

注文にそれほど悩むこともなく
十五分ほどでサクッと食べ終え
支払いを済ませ席をすぐ空ける
一連の動作を自然にできるのは
この十年で社会を知ったからか

今も近所にそのチェーン店があって
だけどその店舗に行ったことはない
これからも行かないような気がする
子どもの頃に何度も通り過ぎながら
一度も立ち入ることのなかった場所
社会を知らなかった私を置いてきた
とてつもなくはるか遠くにある場所