門限

親が厳しい家庭で育ったという指標で
門限が何時という話を出すのを見ると
門限があるだけマシなのではないかと
反発心とともに思わずにはいられない

本当に厳しい家庭というのは
全くの個人的な考えだけれど
門限というものが存在しない
それは暗黙の了解かもしくは
用がなければ外出など不要と
在宅していなければならない

門限があるということはつまり
どこにいて誰と何をしていても
その時間内では自由かもしれず
帰り時間さえ合わせればいい話
どこに誰と何のために行くのか
何時に帰ってくるのかまで逐一
前もって詳らかにしておくのを
強要されるのとはまた違う話だ

今は生活のタイムスケジュールの都合で
緩やかな門限が暗黙のうちに出来ていて
子どもに帰宅を促す田舎の放送より早い
共同生活による不可抗力かもしれないし
何も反論しない善意の搾取かもしれない
何時になってもいいと言いながら結局は
どこへ行きいつ戻るか把握しようとする
そのくせ早めに戻ると驚かれ戸惑われる

時間の使い道は狭くなっている
日照時間のおかげで最近やっと
夕焼けを見られるようになった
本当にときどき夜の街を歩くと
やけにわくわくしてきてしまう

門限さえ守れば時間内は自由行動なら
門限があるだけマシなんじゃないかと
思わずにはいられないのは変だろうか