見出し画像

初恋は今も胸を奏でる

第七話 泣きぬれる二つの心

 翌日水絵は誰にも言わず校庭にいた。昨日真也から言われた言葉が、表情が心を締め付けてくる。
 八時ちょうど低空で現れた戦闘機。見上げると口元が動いた気がした。
見えるはずもない愚かな幻影なのかも知れない。
でも……そう思いたかった。水絵から少し離れた所にそれは落ちた。
真也は水絵に向かって敬礼し、そして名前を呼んだ…… 
聞こえるわけない! そんなこと判っている! でも、呼ばずにはいられな……
見納めなんだぞ! ……今生の別れなんだ! 涙が止まらない。
畜生! 俺の人生はこれで終わりか! 畜生! どうせ勝てないのに。
そんな事誰もが判っている! それでも俺たちの命を弾にしてまでも足掻く事にした。
ただそれだけの事だ。畜生……畜生 女々しくて何が悪い! 愛しい人を思って涙が溢れて何が悪い!! 行ってきます。そしてさようなら……初恋の人。
あなたの為に……死にます。

戦闘機はあっという間に雲のなかへ消えて行った。

水絵は戦闘機を見送り茫然と立ち尽していたが、ポツンポツンと頰に当たる雫で我に返ると急いで通信筒を探した。朝礼台の下に転がっているのを見つけ、這いつくばるようにそれを取る。震えが止まらず、思うように開けられないでいると。
「貸してご覧なさい。」
その声に驚き振り返り見上げると、校長が立っていた。 
泣いている。そうだ。私なんかより家族の方達は、泣いても泣いても終わらない悲しみに襲われながらこれからを生きて行くんだ。
そう思っても水絵の胸は潰れ苦しいのだ。 
校長から蓋の開いた通信筒を受け取ると……
中にはシルクのマフラーに包まれた物が入っていた。
広げると、万年筆と手紙が水絵を見つめていた。


大山水絵様
 昨日は誠には有難うごさいました。
私、鈴木真也の我が儘をお聞き下り感謝の言葉もございません。
 水絵様の事はこちらに通うようになってすぐに一目惚れでございました。
 然しながら、この時代に恋だの何だのなどは以ての外と言うより、自分は死ぬ事が判ってる立場なのですから……
想っていても口に出せる訳もなく悶々とした日々を過ごしておりました。
ただ、毎日水絵様に逢えることだけが嬉しく幸せでした。
 そして、あなたの歌声に兵隊たちは、どんなに心安らいだでしょう。仲間も本当に喜んでいました。
私は非国民です。 
死にたくないのです。
あなたと一緒に
いつまでもいたいのです。 

それはとんでもない事なのでしょうか。
私たちはなぜ弾になり死ぬのでしょうか。
ずっと理由が見つからずに苛立ちの日々を送っていましたが、

あなたに出逢い、恋をして判りました。
私はあなたの為に死ぬのです。
あなたが、当たり前に笑い、泣き、怒り、喜ぶそんな平和な世の中が来るように、私が弾となり死ぬのなら喜んで逝きます。

私はあなたに恋を為てから思い描いていることがあるのです。

奇しくも今月は私の誕生日。
10日で19才にに為りました。
あなたも20日がお誕生日だと昨日聞いて、内心狂喜乱舞為ておりました。本当ですよ!
私たちは出逢う為に生まれてきたのですね。
また非国民とか言われますが、
ヨーロッパでは、「6月の花嫁」は幸せになるとの言い伝えがあるそうです。

私たちは6月に結婚しましょう!
一生懸命幸せに為ますから。
あなたを最高の「6月の花嫁」にして差し上げます。
なんて殆ど知らない男に言われても困りますよね。
夢物語をこうやって書いていると、ぶさまですが涙が止まりません。
笑わないでくださいね。男も泣くんですよ。

あなたの幸せを祈り、
あなたの未来を輝かすために、
鈴木真也は死ぬのです。

天皇陛下万歳などと言うわけない!
大山水絵さん大好きです! と叫んで逝きます。

お元気で! お幸せに!

ああ~恋しき君の瞳に溢るる涙に、血の一滴でもなりたい。それで良いから!
本当はあなたの中に留まりたいのだ!

6月13日  p.m.20:05

           鈴木真也   
 P.S
このマフラー今朝まで巻いて寝てました!
良くわからないけどそうしたかったんです
ごめんなさい! 万年筆は今生での最後の文をあなたにしたためた
物です。御守代わりに受取ってください。
では! 本当にこれが最後です。
さようなら! 愛しい人。


涙は止め処なく止め処なく溢れる。
ああ……私も恋を為たんだ……
たった一日……ほんの数十分……たった一枚の手紙。

たったそれだけなのに……恋を知り、愛しさを知った! 
そして遣り切れない怒りと悲しみも。
返してよ! あの人の命を!!


 今年も私の心は泣いてしまう。
もう忘れてしまうぐらい随分前に私、6月の花嫁に為りました! 見ていてくれましたか?
毎年こんな事言っていますね。
 
有難う!真也さん……そしてたくさんの方々! 今の日本はとりあえず頭の上に弾は降ってこない時代に為りました。それが何とか続いています。でも戦争は無くなりません。
悲しい……今もどこかで、愛しい人を失い呆然と為ている人達はいるのです。
ごめんなさいね。逢ったら叱られるでしょうか。
日本も世界も何してるんだって。 本当人間は愚かです。

ああ…逢いたい。
ああ…笑い合いたい。

今度こそ、今度こそは
「6月の花嫁」にして下さいね。

では! もう少しだけこちらにおりますから!

待っていてくれるかしら?

 
 2022年6月               
         大山水絵

追伸
遠い遠い霞のような初恋の話しなんて誰に聞かせることができましょう。
あなたと私だけの恋物語。
ふたりだけのものですね!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?