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魔法で作った赤ワイン

きのうの夜、物語のあるワインを飲んだ。
それがあるのとないのとでは味がまるで違ってくるくらいに、
物語というものは過ぎた時間の質まで変えてくる。

濃い真っ赤がグラスの中でクルリと回るたびに
野生そのままの風味が空気を含んでまろやかさを帯び、
そうかと思うと今度は樽の香りが甘みを絡ませながら、
ちょっと燻製のような香りまで。

「山梨で作られている魔法のようなワイン…」
向かいのカウンター席でそれを味わっている人に、
シェフが語りかける言葉にふいに意識をとらわれた。

音楽の向こうに聞こえる会話の一切れ、
魔法という言葉がもう一度ここにやってくるのを
耳をそばだて静かに待つ。

月の満ち欠けを見ながら…
潮の満ち引きを読み、その影響を測る。
これは、ワインを作る魔法の話。

聞きながらふと、ドイツの有名な哲学者を思い出す。
彼の提案する農法もまた、このような方程式を持っている。

北海道で見つけ出した香木を持ち帰り、
大切なワイン樽にドブンと漬け込む。
魔法は繊細さにダイナミックな様相も持ち合わせながら、
独特で特別なその風味を作り出していく。

ベリーAという品種のぶどうで作られたワイン、
日本ワインはまだまだ希少な存在らしい。
「ビーガンの小さなお爺さん」という
不思議なキーワードが更に興味をそそる。
ワインの樽の前に立つ、小さな後ろ姿を心に思い描いてみる。

山梨で出会ったそんな魔法の物語を、
神戸まで大切に持ち帰った小さなレストランのシェフ。
自分の料理のワンシーンとして必要なそのボトルを
冷蔵庫の中から取り出し語り始めたことにより、
カウンターの周りにふいに広がった風景。

その魔法の物語を共にするのは、
シェフの料理、タチウオという淡白な味の魚のパスタ。
緑の触感ある野菜が彩りを添えている。
それ自体にはクセ味はない大根葉のような葉に、
ほのかな出汁味は昆布だろうか。
付け合わせの紅芯ダイコンと釜揚げシラスのマリネは
柔らかな酸味と塩分がちょうどいい。

普段なら肉と相性がいい赤ワイン…だけど、
シンプルな料理だからこそ余計に分かるのかも知れない
このワインの持つ魔法の深み。
シンプルな酸味ある野性風味からまろやかコク深風味にまで、
まるで違うものにトランスフォームしてしまう凄さを。

ワインを噛みしめながら改めて想う。
好きなことをやっている人の作り出すものは、何にしても心底味わい深い。
だから皆、本当に好きなことをやったり仕事にしたりすることが、
社会全体を幸福にすることができる近道なんだろう。

自分もそうありたい。彼らのように。
そして物語の作り手として料理やお酒、あらゆるものに混じりたい。

心地よい酔いに、そんな想いがほんわりと高揚した夜だった。


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