ほんやくこんにゃくの煮付け

ポケトークという機械をご存知だろうか。
かなり高性能な、個人向け小型翻訳機だ。

主語が抜け落ちても文が成り立つ日本語にとって、正確な翻訳というのは難しいものとされてきた。しかし、実際手に取ってみると驚くほど高性能で、これなら世界中どこにだって不安な気持ちにならずに旅行できるな!と思ってしまう。機会があれば手に取っていただきたい。

さて、東京のど真ん中のとある観光地にあるお店でバイトをしている私ですが「英語を使いたいです!」と言って採用された。配属されたフロアも、特に外国人観光客を相手にするフロアだった。しかも、ストア全体で二番目に英語が話せる人間、ということで、働き始めてすぐも他フロアから英語対応のフォローで呼ばれたり、英語のメールを作ったり、アナウンスをしたり、と留学で得てきた「英語力」が世のため人のため、そして何よりお金にもなっている感覚が嬉しかったのだ。

そんな我が店についにポケトークが導入された。
その日から、他フロアから英語対応で呼ばれることはまったくなくなった。
フロア内からは通訳で呼ばれたりはするが、基本的には他フロアで英語を話せる人がいない場合、ポケトークを使う。かくいう私も、英語が通じないとすぐポケトークに手を伸ばすようになった。

かなり便利だし、大学で教授が言っていたように、英語に興味がない人はこれで済ませることができるようになる社会って結構素敵だと思う。興味がないことの学習に時間やお金を割く必要はない。

しかし、ある日のことだった。
出勤すると、フロアの社員に「ねえねえ、賞味期限って英語でなんていう?」と聞かれたので、「まあbest byとかit expires〜とかって言っちゃいますかねえ私は・・・」と言ったら、"expiration date"と表示されたポケトークの画面を見せながら、「やっぱりすごいね、さすがだね」と言われた。

は?

僕や両親がたくさんの時間と労力とお金をかけて身につけてきた、何にも変えられない「英語力」を機械と比べるな。両親が丁寧に素敵な種をまいてくれて、それを大切に育ててきた10年間を、そんな一瞬のそれで判断するな。

なんだかとても悲しかった。

それに「賞味期限」なんて言葉は知らなくても良くて、You have to eat by〜とかPlease eat by〜とか言い方はいくらでもある。その言い換えを考えるのが語学学習であり、外国語を学ぶ醍醐味だ。

たった3万円で、信じられない財産を手にすることができる、恐ろしい時代になった。「翻訳」というのは、数え切れないほどの先人たちが血と汗と涙を流して得てきたとんでもない文化だ。機械を否定するつもりはない。だけど、英語教育に携わるかもしれない人間としては、外国語を学ぶこと、すなわち他の文化を学ぶことの歓びを、後世に残していきたいものだ、と思わされる機械なのである。

いただいたサポートでココアを飲みながら、また新しい文章を書きたいと思います。