結局、才能があるかどうかなんて関係ない
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結局、才能があるかどうかなんて関係ない

毎日毎日「才能」とタイトルにつく記事を書き続けて、最後に「関係ないのかよっ!」と突っ込まれそうです。本当に、すみません。

もしかすると、今日の記事はある人にとってはとても励みになるけれど、ある人にとっては刃のように傷つく内容かもしれない、という事も含めて、最初に謝っときます。

今日の記事を書くきっかけになったのは、ご存じ、日本一読まれている「悩み相談」であるCakesの幡野さんのこの記事です。

Cakesは有料制のため、全部を読めない人もいらっしゃると思うので、あまり記事についてくわしくは書けませんが、許されそうな範囲で書きます。


才能がある人とない人との差

上記の記事で、幡野さんは「才能」ってものについて触れておられます。私が常々考えてることとよく似た考えを書かれておられたのが、うれしくて。

夫で写真家の宮田は、「才能がある」と言われることが多いんです。私もイラストの仕事をしていますが、彼への称賛の言葉は私の比ではありません。

宮田は10年前には東京で会社員(SE)をしていました。持病が悪化して会社を辞めることになり、さてどうしようか、となりまして。私の地元である名古屋に引っ越して写真の専門学校に通うことにしたんです。(というか、私が「行け」と勧めた)

彼はそれまでに写真をすごくたくさん撮っていました。そんな彼に、一度くらい夢に向かって挑戦してみて欲しかったことが一番の理由。

仲間と一緒に展示をして、全然知らない人がポストカードを買ってくれたり、周りにいいと言ってくれる人がいたりして、私は彼はプロとしてやって行けるんじゃないかって思ったんです。だからといって、絶対成功するとかうまく行くとは思いませんでした。

才能があったとしても、それで成功するかどうかはまた別物ですし。

だから、会社を辞めることも引っ越すことも学校に通うことも、全部二人ですごくすごく考えた末のことでした。生涯をかけた博打のようなものです。当時の私たちにとっては、生きるか死ぬか、みたいなギリギリの選択でした。


引っ越して学校に行くことを伝えた写真仲間のひとりが「いいんじゃない?才能あるし」とにこりともせずに言ったんです。「頑張ってね」でも「寂しくなるね」でもなく。

その人がそういうことを言う人だってことは、何となくわかっていたんですけどね。

その人は美大を出て普通の会社員をしていました。東京近郊に生まれ実家暮らしで美大を出ているって、私や宮田のような地方出身者から見れば、すごく恵まれた環境です。

ずっと親元で暮らして、私たちのように生活のことを考えなくていいだけでも、本来創作を続けやすい状況なはず。

それでもその人が創作を辞めたのは、その人なりの葛藤があって、自分には才能がないと見切りをつけたからなのでしょう。

じゃあ、続けている人は皆、自分に才能があると信じているのでしょうか?


「才能がある」とよく言われるオットと、それほど言われない私。何が違うんだろう?と考えると、その差には実体などなく、ふわっとしたものに過ぎないように感じます。

実績から見れば、仕事の歴も量も大きさも、彼より私の方が上です。でも数値で図れるものはないんでしょうね。「才能」とは、作品を見た時に人に与える「引力」のようなものなのかな、と思います。


才能なんて自分ではわからない

そんなふわっとした実体のないものが、自分自身にわかるはずもありません。

宮田は学校在学中から頭角を現し、その後もありがたいことに、フリーランスカメラマンとして活動の幅を広げています。順調に見えるでしょうが、それでも自分で自分の写真に才能があるかどうかはわからないと言います。

彼に限らず、自分に才能があると自覚して、のほほんと創作してる人なんていません。少なくとも私の周りには。

傍からは才能があって簡単に結果を出せているように見えても、それはコツコツとひた向きに努力した結果にすぎません。

「才能がないからあきらめる」なんて、本当にただの「逃げ」でしかないと思います。


ほとんどの人は「成功した人=才能がある人」と短絡的に考えているだけなのではないか、とも感じます。

確かに、成功するまで続けて来られたのだから、ある程度才能があったのだとはいえるかもしれません。けれどそれは結果論に過ぎません。

皆自分が成功するかどうかなんてわからないまま、先の不安と闘いながら、ひたすらコツコツと努力しているものなのです。

割とこのnoteには何度も書いてますが、結局「才能があるかどうか」ではなく、「続けられるかどうか」なんですよね。


続けられることが才能

先日、テレビ朝日系「激レアさん」を見ていたら、こんな人が出演していました。「25年間卓球だけをやり続けていたら35歳で奇跡を起こしちゃった人」です。

この人、卓球の才能ゼロなんです。まさかいくらなんでもそんなことはないでしょ、と思いながら見ていたのですが、本当にゼロ。。。

すみません、ここから先はネタバレになりますが。。。

この激レアさん、本当に卓球が好き過ぎて、子どもの頃から学校の部活の練習だけでは飽き足らずに、あちこちの卓球場で練習を積んだそうです。その結果「すごく卓球やってる奴」としては有名に。でも勝てない。

どんなに練習しても、全然結果が追い付いて行かない。後輩にどんどん抜かれていき、ついに「自分には才能がない」と悟ったという激レアさん。

練習量は誰にも負けないのに全然勝てないんだから、それはもう才能がゼロってことなんでしょう。。。それでも、ワクワクしてたまらなかったというのが驚きです。どんだけ卓球好きなんだ、って突っ込みたくなります。

でもね、この人の生き方って理想だな、と思ったんです。

この激レアさん、お父さんが弁護士さんで、同じ職に就くことを嘱望されてたそうなんです。もともと頭のいい人なんでしょうね。卓球以外の才能にはすごく恵まれているんです。

卓球のために学校の授業は毎日全部爆睡してたのに、入試のためにちょっと本気出して勉強したら、全国模試で1位を取っちゃったとか。どんだけ~~~!!(古っ)

そんな激レアさん、大学卒業後、一度は公務員になるんですが、卓球をもっと練習したいと仕事辞めちゃうんです。生活はどうするんだ?と疑問に思いますよね。さすが「卓球以外は何でもできちゃう」激レアさん、投資で生活できちゃってるんだそう。

もうそれだったら、投資で生活しながら、卓球続ければいいじゃん、ですよね。

別に好きなことで食べて行けたり、好きなことで成功する事だけがすべてじゃない。好きなことを続けて行けるだけで幸せなら、他の方法で食べて行ければいいんですもんね。

この方の例で考えると「才能」ってなんなんだろう?とか「才能の活かし方」もいろいろあるなぁなどと思います。

よく「好きなことは続けることが苦にならないから、才能に繋がりやすい」というけれど、そうとも限らないんだなぁ。続けても続けても才能の片りんすら見えないのに、それでも続けていたら、ミラクルが起こせることもある。

すごく面白くて、ゲラゲラ笑って見てたけど、結構考えさせられる放送回でした。

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陽菜ひよ子 / イラストレーター&漫画家&まちづくりジャーナリスト

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陽菜ひよ子 / イラストレーター&漫画家&まちづくりジャーナリスト
著書「ナゴヤ愛 」(秀和システム)好評発売中。2006年ダイヤモンド社・2015年PHPより出版。中日新聞広報誌にて取材+コラム連載中。代表的なイラストのお仕事はNHK Eテレ「すイエんサー」。インタビューとひよことプリンとネコが好き。http://www.hiyoko.tv/