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善人で有名な私の人が悪い一面。(笑)

かつて札幌時代。
社宅の中で、一軒だけ違う支店で住んでいて、かてて加えて偉い方たちのお部屋に住まわされ、それに経歴もちょっと異色な私が、後々、夫が上司から注意されるくらい、

社宅でのことは一切聞かなかった。

という夫をもち、本当に三重苦も四重苦も抱えた社宅住まいの中で、そのうちおもしろがって、私は、あれこれおもしろいことをし始めた。

だって、結構なことを言われた。
丁寧にごあいさつしただけで、

あの人絶対に女子高の先生しか無理ね・・・。

とか、

弱い人。

という扱いを受けていた。
ちょっとくらいやらせてもらってもいいだろう・・・。

初めこそ勝手知らない社宅生活。というよりそもそも夫の仕事についてあまり知らなかったし、むしろ知られていないことを好都合だといつも言っていた夫なので、会社のことを知らせる気は全くなかったものと思われるが、社宅に住む周りの奥さんたちは、会社の事情をよく知っておられたし、そんなことしていいのだろうか?と思ったり、同じ釜の飯を食っていながら、よくそんな考えできるな、などと呆れもしていた。
今から思えば一部の人とうまく行かなくて、その人が結構影響力がある人だったとしたら、それで人間関係はうまく行かなくなるのだ。それを思い詰めてどうする?だったし、そもそも長いものに巻かれる気がないし、巻かれるほどの関係性の人もいなかった。

ある日、この人たち集団になったら結構なこと言っているけれど、1人になったらそうでもないな、と思い、おもしろがりの虫が私の中でうごめきだした。

そうだ。めずらしく、○○のメンバーでうちの部屋でお茶会をしたら、どうなるだろうな。

と思い着いた。
その後の人間関係を考えたわけでもなく、一瞬やってみたくなっただけである。
ちょっとあたふたしたところを見て見たかっただけである。
そもそも人が大いに誇らしく思っていることまで傷つけているので、ちょっとくらい構わないはずだった。

あまり人を呼ばないようにしていたのに、あれこれ準備して、お菓子を焼いたり、コーヒーやお茶を用意した。
招かれた人も、ちょっと複雑だったかもしれない。

楽しい日を過ごし、次の日、幼稚園バスを待っているときのほかのメンバーのくらーい顔ったらなかった。

まあ、こういう業界の社宅でのお付き合いはもっとあちこちでいろいろあるのだろう。馴染めなかったのは私のほうである。文化なのだから否定する方がおかしいと今なら言える。
そうするしか生活の術がないのであり、1人になったら何もできないからたくさんで集まる。

その後、この人と仲良く話したらどうなるか?などとまたまたやり始めた。
おもしろかった・・・。

という話を、地元の人(私は社宅の人間関係に呆れて、札幌の地元の人と仲良くお付き合いし、あれこれ楽しんでいた。)に、夫に教えてもらった素敵な居酒屋さんで飲みながら、その話をしたら、

あなたって、ほんっと人が悪いわねえ・・・。そんなことで遊ぶなんて。

と笑われた。
幼稚園バスを待っているときも、なんだか私は周りと雰囲気が違ったらしい。後でお知り合いになった人からそう見られていたことを教えられた。

なんだか一人だけ余裕。

というイメージだったらしい。
周りの奥様方は、おそらくはいじめられている人とでも思っておられただろう。

その後教師に復帰してからは、とんでもなく困らされている人から、

僕は先生から、いじめられているという感じがするんですよね。

と言われたことがあった。
要するに、何かし始める人というのは、怖くて、脅威で、だから先に何かしておかなければどうしようもなくなるのだろうと思う。

あの場所にいなかったら、わからなかったことも多かった。

もう一人、その方は中高一貫の素敵な女子高を経て、女子大に進まれ、やはり高校の国語科教諭をしておられたが、私とは全くスタンスの違う奥様だったが、その方のことを、

私たちとは全然違って、障子張りをしてきた人ではないのよ。
でも、○○さんと話してたんだけど、そんな大学出てても、行きつく先は、○○荘ね!って言ってたのよー。

これはあまりそういうことに気付かない私でも、なんだかイヤーな感じがしたので、夫に話してみたら、

お前も、行きつく先が○○荘、って言われたん?

と言われた。何なんだ!この腹の立つ先輩は!?

彼は私に言ったことはすべて自分に返ってきているので、蒔いたはすべて刈り取っていただこう・・・。(笑)
もう代わりに何もしてあげないからね!
と大学の後輩は決意していたのである。(笑)

おもしろい文化だったと思う。
あまり女性同士のあれこれというものを、そばで何かあっても気づかないタイプなので(これは男子が多い共学を通って来たからというのは全く関係ないということが後で判明したが。)、結局学びにならない。
習得などできない。
目の前にある正しそうなことに飛びつくだけである。

とはいえ、今はちょっとまた面白いことを思い着いている。
これはちょっと経営者としてかな?
悩んでいてばかりではおもしろくない。

何かした人には、合法的な、心理的にも妥当なことでお返ししなければ。
後で、私などよりもこわーい造物主の怒りに触れないようにするのが私たち教師の務めである。

だいたい、おもしろがってなんぼ。やられっぱなしで終わるわけはないのである。
首謀者は罰せられる。
おもしろく生きて行かなくちゃ!


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