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夏期講習明け、自分をリセットする

夏期講習中は午後から一日中の指導で、ずっと生徒と一緒にいるので、まあ、いつもとは違う精神状態にもなるというわけで・・・。
おまけにいつもとは違う生徒の姿にも出会うわけで、退塾させることも含めて、あれこれあります。

もし、この子のためにこのまま通塾することが良いことではないな、と判断したら、親御さんに伝え、話し合ってもらいます。
正直、そういうときが、生徒さんへの思いがないわけではないので、辛いです。ちょっと引きずるのも仕方がないと思っています。思いの分です。
親御さんとの相性もあります。
意外に大事なのは親御さんとの相性かもしれません。
共に受験を戦い抜く生徒さんを両輪で支え続けなくてはなりませんから。
できるだけ価値観を寄せて、折り合いつかずとも、相手の考えていることが腑に落ちることができれば意外にこちらも本気を出すことが容易になります。

受講料分の指導は絶対にします。
でも、親御さんも生徒も、指導料以上の内容を講師から引き出してなんぼ。それは互いの人間性によります。
このあたりをお金だけを見ていると見誤ります。
ましてや高いだとか安いだとかだけで評価されると心外にもなります。
安くしてもらっているのに、という表現はあまり好きではありません。
むしろよく見ていただいて・・・、と言われると嬉しいでしょう。
講師にも誇りがあります。
プライベートに突っ込んだ話をしてくる人もいるので、そういう人はちょっと嫌です。
だから私は、クライアントのクライアントにもクライアントのカスタマーにもできるだけならないようにします。
こちらがもしプライベートを聞く必要があるとしたら、それは生徒さんをよりよく見つめるためです。

講師の意欲をいかに引き出すか?
この子のためにならもっともっと頑張ろう!
と思わせるものは一体何か?というと、やはり徳と言うことに行きつくと思うのです。

あいつには人徳があるからなあ・・・。

という表現だったり、

ホンマ憎めんやっちゃなあ・・・。

という表現がありますが、それはその子その子に身に着いた力です。
この子のためになら、と思わせてこそだと思うのです。

そしてその徳は、やはり合格ともつながっています。
徳のある子は合格しやすいと思います。
運の良い子というのは、結局徳があるのです。

受験というのは出し抜いたり出し抜かれたり、と思われそうですが、世の中にあれこれ逆の言説が流布しているのと同様、受験にも逆説めいたものがあります。

彼には人を蹴落としてでも・・・、というガッツがないから・・・。
という表現も聞きますが、結局誰が見てもいい子だな、という子は最終的に勝つようです。

というのは経験談です。
教師をしていてもう長くなりますが、心に残っている受験、心に残っている合格には、やはりあの子なら、というものがどこかにあります。

私たちも自ずと頑張ってしまう。

以前家を建てたときに、コーディネーターさんが一時に4軒ほど担当されていたらしかったのです。
毎週の打ち合わせがあり、その間に私は初めての幼稚園でのPTAの役員を担当していました。役員みんなで焼いたクッキーを売ったことがあったのですが、その時のクッキーを差し入れしたのです。
そのことが嬉しいと思っていただけたのか、コーディネーターさんは、4軒の中でもなぜか家に力を入れてくださるようになったようで、そのことは周りの設計や建築や営業担当の方から見ても、明らかだったようでした。

人間って些細な感情で動くものだと思います。
それにその人の誠意によって周りが動くものだと思います。
人間だから・・・。

もしご自分のお子様をよく見てもらいたかったら、学校の先生に協力することが一番近道だと思います。可愛いと思う生徒にそうそう悪い内申点を着けることは難しい。
私はだから、内申点云々ではなく、個性的な子どもたちのために、なるべく先生方に協力し、なんなら飲み会などでは隣に座って、先生のことを悪くは思っていない、いつもお世話になって・・・、という態度を示していました。
特に私など高校勤務が長く、地方のなぜか先生業がずいぶんと尊ばれる雰囲気のある場では、ただでさえはっきりものを言うタイプの我が子が、親の職業のせいで生意気、などと誤解されないように気を付けました。

塾の講師も人の子です。
一生懸命に頑張っている子にこちらも手を掛けてやりたい。
それにプラスαの指導をしたくなるというものです。

そこは人間。
えこひいきをするつもりもないし、それを良しと思うものでもありません。
ただ、我が子に、この子になら・・・、と周りに思ってもらえる何かを身に着けさせてやりたい、と思いつつ子育てしていたのを思い出します。

誰だって非難ばかりされている相手の子どもを大事には思えない、というか思おうとしても何か感情として出て来るものもあるでしょう。それに比べたら協力してくれる人の子どもを目に掛けるのもわかる気がします。

私が学校現場でそういう経験をしたか?というと、そういう覚えはありません。ただ、我が子を預ける側としては、随分心掛けたものです。

講師の意欲を引き出す力、というのも意外にあるのかもしれないな、ということを思わせられたひと夏でした。

もしもサポートしていただけましたら、そのお金は文章を書いて人の役に立つための経験に使います。よろしくお願いいたします。この文章はサポートについて何も知らなかった私に、知らないうちにサポートしてくださった方のおかげで書いています。