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第三十九話 売人になるまで

シンナーをやっている知り合いはいくらでもいた。だがその入手ルートは、ほとんどがヤクザがらみで、ヤクザ以外だと不良外国人が数人売人をやっているくらいだった。薬物の売はヤクザにとって重要な資金源であるため、それを荒らすような行為は絶対にやってはいけない行為であった。

私の薬物の入手ルートはいくつかあり、その一つでもあった○○組の売人とは顔なじみにもなっていて、組の幹部の人からも目をかけられて可愛がられていた。私が引っ越した所はその○○組のシマウチだったのである。

何日か考えた末、身近な知り合いに限定してシンナーを売ることにした。アパートに固定電話を引き(当時は質屋で電話の権利が売っていた)、ポケベルと電話でのやり取りで、売をする準備を整えていった。元手がかかっていない分、安くしたり量を増やしてあげたりとサービス精神にあふれる売り方であった。それが逆に災いしてしまって、私が売っていることが話題になり始めてしまったのだ。他より安くて量も多い、中毒者が食いついてくるのは当然であった。

ある日駅ビルにあるロッテリアでやまちゃんと、いつものようにかわいい女の子を物色しながら他愛もない馬鹿話をしていると、○○組の幹部の佐藤さんと若い衆たちが、険しい顔をして私のもとに近寄ってきた。「お前シンナー捌いてるだろ」落ち着いた口調で佐藤さんは言った。「いやっそれは…」私は突然の事で言葉に詰まってしまった。佐藤さんは若い衆に「事務所に連れていけ」と命令した。全身から血の気が引くのがわかった。『これは大変なことになってしまった。どう切り抜けよう。』そんなことを考えながら乱暴に車に乗せられ事務所に連れていかれてしまった。

この世界は言い訳など通用する世界ではない。『暴力と金』だけが力でありそれが物をいう世界なのだ。もう死んでしまうのではないかというくらいボコボコに殴り倒され、木刀で何回も何回も全身を打ちのめされ、頭はパックリと割れ血が流れだし、口の中はぐちゃぐちゃの状態であった。身体は痛みで全然いう事をきかなくなっていた。

そんな状況の中、事務所に一人の男が入ってきた。私がお化けのパーケンを捌いている頃に、その男に頼まれてその男の分のパーケンも捌くのを手伝ったことがあるイグチさんだった。私の二つ上だったと思うが二駅離れたところにある町の有名な暴走族の総長をしていた人だった。「兄貴、こいつ俺の知り合いなんですけど何かやらかしたんですか?イグチさん佐藤さんに言った。「うちのシマウチでシンナー捌いてやがったんだよ。今まで可愛がってやってたのに…佐藤さんが答えると、「組の売やってた奴パクられちゃったじゃないすか。こいつ使ってみたらどうですか?イグチさんはそう提案した。「なるほどな…根性はありそうだし、シンナーと葉っぱくらいならパクられてもどうってことないし丁度いいかもな

私が痛みでうなっている間にそんな会話がなされていた。イグチさんは私に向かって「お前俺の舎弟になれ。堅気の舎弟で大丈夫だから」堅気の舎弟というのは、登録はせずにその人の弟分として身体を張れよ、という意味の事であった。その時の私にはもう選択権などなかった。助かった、これからは幅を利かせて好きにできると思う気持ちと、これからどうなってしまうのかという不安な気持ちが入り混じっていた。

今回は安易な考えで命が危なくなるような思いをしたエピソードでした。次回も今回の続きになります。もう30年近く前の事ですので、今とはヤクザの存在感や立場は全く違いました。反社という言葉が出てくる何年も前の話になります。

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