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【創作】同窓会

彼は軽く酔っていた。周りには、彼が高校生だった時の同級生達が、それぞれに酒を酌み交わし、思い出話に花を咲かせている。
 彼の仲の良い友人が企画した同窓会には、それなりに多く参加者が集まった。
「良くもまぁ、これだけ人を集めたな。」
「当たり前だろ。人望だよ。お前とは違う。」
「自分で言うなよ、ほんまはっ倒すぞ」
 幹事の友人とそんな軽口を叩きながら、彼は楽しく麦酒を飲んでいた。久々に会ったクラスメイト達は、進学したその先や、就職したその先で大きく変化した者が多く、垢抜けている奴もいれば、酒精に溺れあの頃の面影を僅かに感じる程に太っていた奴もいた。女子達は軒並み綺麗になり、高校の頃は校則で禁じられていた紅で、口を鮮やかに染めていた。
 その中で彼の目に止まったのは、短く切りそろえられた黒髪をして、左の頬に小さなホクロがある細身の同級生であった。
 高校三年間、彼は彼女に淡い恋心を抱いていた。彼女の玲瓏とした声音や、活発にスポーツに取り組む姿、女友達と談笑をして、時に弾けんばかりの笑顔を湛えて、楽しげに笑う姿、誰にでも優しく接する凪いだ日の日本海の様に広く穏やかなその器量、透き通っている柔肌、中学を卒業する時に「高校でも頑張ろうね」と彼の片手を綺麗な両手で包み込んでくれたその温もり。
 彼は思い切って、高校最後の冬に彼女へ自分の好意を伝えたが、「今は受験で手一杯で、付き合うとかそういう事に割く時間は無いかな。本当にごめんなさい。でも、好きって言って貰えたのは嬉しい。ありがとう。お互いに受験頑張ろうね」という彼女の持つ最大限の優しい言葉を以て振られている。
 しかし、彼は自分の事を極力傷付けない様に言葉を選んでくれた彼女の思い遣りに益々好意を深くした。
 それでも、お互いに別々の目指していた大学に進学すると、その恋心も薄れていき、彼は日々出会う様々な人間に精神を抉られて、擦れていった。かつての美しかった筈の恋慕は泥に覆われて見えなくなり、好意の無い口付けをする事にも彼は何も感じない様になった。
 そんな彼が同窓会で見かけたのは、あの頃と何も違わない彼女の姿であった。
 あの頃のままの姿で、口を紅で染める事もせず、同級生達と楽しげに会話を弾ませている。
 幹事の友人が酔いに任せて、席替えをすると言い放ち采配を振った所、彼は偶然にも彼女と同じテーブルを囲む事になった。
 差し障り無い会話が続いた所で、彼女が不意に、「高校の頃、私を好きって言ってくれた事あったよね?」と訊ねて来た。彼は内心狼狽しつつも、「そんな事もあったね」と微笑みながら返答した。
「私本当に嬉しかったんだ。あんな事言ってくれたの、君が初めてだったから。でも君も今は彼女とか要るんでしょ?私なんかと付き合わなくって良かったね」
 彼女はそう笑いながら言ったが、彼は曖昧に濁す事しか出来なかった。
 行きずりの女と関係を持つ事はあっても、付き合った相手は一人も居ない。彼女の事がいつも頭の片隅に過ぎるからだ。彼女以上に魅力を感じた事のある女性は未だ現れていない。

 一次会がお開きになり、行きたい者だけで二次会が開かれる事になった。彼女は親が心配するからと、もう帰るらしい。店を出てから歩道へと続く階段に腰掛けて、煙草を燻らしていた彼に彼女が声を掛けて来た。
「煙草なんか吸う様になったんだ。変わったね。」
「変わってないのは君位のもんだよ。あの頃と何一つ変わってない。」
「馬鹿にしてるの?」
 精一杯の強がりで彼は唇の端を上げて、ニヤつく表情を作った。彼女は憤慨して、「じゃあね、二次会楽しんで」と言って帰路に着いた。
 彼は煙草を大きく吸い込んで肺に入れると、夜空を見上げて、ふぅっと吐き出した。
 オリオン座が目に入った。
「いつまでもサソリから逃げてちゃ駄目だろ」
 彼はそう呟くと、七割程吸った煙草を地面に擦り付けて、二次会の会場へと続く同級生達の列へ身を連ねた。
 悪友の一人が、「泣いてんのか?どうしたお前、泣き上戸か?」と問うてきた為、彼は「煙草の煙が目に染みたんだ。今日はつくづく風向きが良くない」と返した。

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