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共通の幸福はない

はじめまして

メディカルソーシャルワーカーを中心としたひきこもり支援に関する任意団体「ひきこもごも」と申します。 こころを守る、自分らしく幸福に生きる、をテーマに学校では教えてもらえなかった、考え方、生き方を、根拠と共に考えています。

今回は「共通の幸福はない」という内容をお伝えします。

勝ち組、負け組は存在するか

経済的な成功をしたひとを勝ち組と表現することがあります。給料の高いひとや肩書、資格を持つ方などをそう表現するかもしれません。
医師や弁護士、パイロットや国家公務員を勝ち組とした場合、その人たちの幸福度は、人類の幸福度の中央値より高いはずです。
しかし私の近くで、財務省の中枢近辺に身を置いていた超優秀な友人は、殺人的スケジュールに身の危険を感じ、民間のシンクタンクへ転職をしました。
世界1幸福なはずのイーロン・マスクは2018年8月16日にロサンゼルスの自宅にてニューヨーク・タイムズ紙のインタビューに「本当に辛いんだ」と語っています。またその他のインタビューにおいて「強い孤独を感じますか」という問いに常に、しばしばそう感じると答えています。
彼はパフォーマンス上手なため、当時は世間はあまり反応はありませんでしたが、現在、薬物の使用について疑惑があがり、いまとなっては当時のインタビューでの回答はパフォーマンスではなかった信憑性があがったと感じます。

幸福は人それぞれな上に、ないものねだり

私は非常に経済的に貧しい日々を送っています。しかし妻と子と3人で、本当に幸せな毎日を送らせてもらっています。しかしこの暮らしを、世間様のいわゆるネット世論にさらせばどんなご指摘をいただくでしょうか。
「こんな低収入の父親絶対いやだ」「こどもがかわいそう」「奥さんの気が知れない」などの厳しいご指摘をいただきそうです。
しかし、それをそのまま正しい意見として自分に受け入れるかどうかはまた別の話です。妻はそう言っているか、子がそう感じるかはまた別の話なわけです。

一方で私はその部分に、劣等感や罪悪感があるのでしょう。年収の高い友人に、勝手な幸福像を描いています。都心の高層マンションに住んでいて、一度会員制のワークスペースに誘ってくれたことがありました。エレベーターで上がった先にあるガラス張りの個人スペースは最高の居心地でしたが、私は契約しようにもない金額で、価値観の違いを感じてしまいました。しかしわたしにはその友人はとても輝いて見えたものです。
しかしその友人は、独身であること、自分がなにものでもない気持ちがするなど、私にはわからない悩みをもっていました。嫌味や皮肉で言っているのであれば笑いようも返しようもあるのですが、真剣に悩みとして相談をされ、いい返しができなかったのを覚えています。

あなたの専門家はあなた

自分の幸福とはなにかを、よく理解していないと、だれでもない大衆の、存在しないコンセンサスに惑わされてしまいます。なんとなくこういうものを幸福だという、という程度のおおまかな定義では、存在しない誰かの幸福像に引っ張られてしまうというわけです。
あなたにとっての幸福は、この世のどの本にも載っていません。あなたが分析してまとめるしかないのです。

普段は、人間にとって幸福とはといったテーマ以外にひきこもりについて発信しています。だれにとってもひとごとではない、明日の自分でもあるひきこもり。一度考えてみてください。

ひきこもりには理由がある

「親がしてはいけないこと」と銘打ち「ひきこもりには理由がある」を合言葉に、いまひきこもっているひとが、いまどういう状態なのかを考えています。ひとは理由なくひきこもりません。根源的な課題解決なしに性急に回復したような状況だけを求められてしまう当事者はたくさんいらっしゃいます。その環境出力だけを達成しても予後がよくない傾向にあります。いまどういう状態なのかをきちんと考える事で、一時的な状態変化に惑わされず、いま必要なものが考えられます。
当事者にとっても、家族などの身近な伴走者にとっても、理解してほしい、一度考えてほしい内容になっています。ご一読くださいませ。


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