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ひろってはいけない心のおとしもの③


店が開店して1時間くらいたったころだったと思う。

パステルピンクの配色が可愛らしいこじんまりとしたワンフロアーの店内には、わたしを含む10名ほどのスタッフがいた。有線からは明るい洋楽が流れる。

店内にはまだ2名の客だけ。いつもと変わらない平日の朝だった。


そこに突然、

「今、すぐそこのデパートで飛び降り自殺があった!救急車を!」

と、客が血相を変えて飛び込んできた。


みんな一瞬凍りつく。

急いで受付の女性が店長にことづてして、店長は男性の主任と顔を見合わす。


とにかくまずは確認に行ったほうがいいだろう、ということで、言いにきた客と一緒に急いで現場に向かった。


裏道は見通しがきく場所だったので、遠巻きから確認した店長と主任がすぐにもどってきた。

そして店の電話で救急車を呼んだ。まだ携帯電話がない時代だった。


ほかの手の空いてるスタッフたちは美容室のすみでそわそわしだした。なにやらコソコソと話している。

わたしは、というと、ちょうど先輩の指名客のパーマのヘルプにはいっていた。

先輩は対応している客と「びっくりですよね…  大丈夫かしら…」と鏡越しに会話していた。

ところが。

主任がたびたび見に行くのだが救急車がいっこうに来ないらしい。

客も美容師たちも落ち着かなくなっていった。