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ホーチミンで考えた「しあわせ」の意味

ホーチミンはバイクの交通量がハンパない。

信号もないところをびゅんびゅんと行き交うから、
なかなか道路を渡れなくて苦戦した。笑

道路を渡るコツは
一度歩きだしたら躊躇しないこと!笑

あ、やっぱり危ない、やめとこ…ってためらったり、
引き返すとかした方がむしろ危険。

バイク側が慣れていてスピードコントロールしてくれるから
だいたい大丈夫、安全に渡れます。笑

みんななんで事故らないのか本当に不思議でした。


ホーチミンは経済成長が著しいし、
来たことない人が想像しているよりはずっと都会。


でも排気ガスで正直空気は汚れているし、
エリアによっては道端のゴミ、屋台のそばの生ごみで
臭いがキツイ場所もちらほら…。

そして経済成長の裏には「格差」っていうのもやっぱりあって
街にはホームレスの方も結構いました。

そして滞在中にショックだった出来事があって。
よく通る道で生活しているホームレスの方のこと。


初日からその人の存在は認識していたんだけど、
ホーチミン滞在数日目の夜、その人がいた場所に
毛布で包まれた物体、そしてお花とお線香があったの。

中身を確認していないけど、
それはたぶんそこにいたホームレスの方がなくなったご遺体。

そしてホームレス仲間か
近所の人が毛布に包んでお線香をあげていたんだと思う。


具合が悪くても病院にかかることもできず、
亡くなってもどこかに引き取られることもなく、
身寄りもいなくてどうしようもなかったのかな…。


その人がどういう理由でホームレスをしていたのかはわからないけど
なんとも言えない気持ちになったし、考えさせられた。

観光業で食べている人が多いから、
コロナの時のベトナムは、もっと大変だったんじゃないかな。

外国人在留者も多く職を失い、ホームレスにならざるを得なかったとか。




しあわせってなんだろう…。

わたしは自分の中の「しあわせ」の定義を実現させるために
日々悩んで、もがいて、それでもその理想には到底届いていない。

でも仕事があってお腹いっぱい食べられて
友達や家族がいて、こうして海外に住むこともできている。

だからといって自分とそのホームレスの人たちを比べて
彼らが全然しあわせじゃないとは思わないし
亡くなった人にも小さな喜びや楽しみがあったと思いたい。

しあわせって結局自分の中にしかないんだよね。
でも時々そのことを忘れて
人の幸せと比べて落ち込んだりしちゃうんだよね

しあわせって欲がでちゃうよな~。
だから成長できることもあるし、
しあわせになりたすぎてしあわせじゃなくなることもある。


空気が悪いし、バイクタクシーの客引きはしつこいし、
たった1週間だけど、正直うんざりしていた部分もあったホーチミン。
けど本当に考えさせられることが多い海外初長期滞在。

その後行った「ベトナム戦争証跡博物館」でも
心を動かされることになる…(続きはまた別の記事で)





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