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ソニー元社長出井氏の「迷いと決断」から2000年前後のソニーを読み解く

 2000年前後のソニーを考察するために、当時ソニーの最高経営責任者出井氏の著作「迷いと決断 - ソニーと格闘した10年の記録」を拝読した。ソニーの経営について語るビジネス書がたくさんあるが、外部よりも内部からの視点を知りたいため、この1冊にした。
 
■ 正しい未来予測
 最初に驚いたのは、出井氏の未来に対する予測が非常に正確だった。1993年の時点で「テレビに代表されるブロードメディアは今後、次第に小さくなって、パーソナルメディアが主流になっていく」と予測し、1994年のレポートで「パソコンのAV化 - 画像・音が扱えるようになる」、「AV機器のネットワーク化」、「ダウンロード、オンデマンド情報サービスの発展」まで言及し、Win95とIEがまだ発表されていないにもかかわらず、それから数十年後のメディアとAV/IT環境の変化を見事に見通していた。そして、2000年から第二次森内閣の「IT戦略会議」の議長役を務め、日本の高速大容量インターネットの発展も後押しをした。
 上述通り、出井ソニーが2000年以降IT業界のトレンドを早々にもしっかり掴んでいた。

■ 基本戦略の盲点
 出井ソニーの基本戦略「コンバージェンス戦略」とは、「エレクトロニクスという核の周辺に情報機器や映画・音楽などの枝が四方八方に伸びていたソニーの体系を、ハードウェアとコンテンツを両端に持つシンプルな形に収斂しようという戦略」だった。しかし、「両社を結ぶメディアがIT社会においては最も激しく変化・進化していく」と認識しながら、強みであるハードと映画・音楽などのエンタテイメントコンテンツを抑えれば、「真ん中のメディアの配信方法がどんなに変化しても対応していける」という考えだった。
 この戦略の中でネットワーク効果によって持されるプラットフォームの力の大きさを当時予測できていないのは唯一の誤りだと思う。プラットフォームがエコシステムの中心となり、ハードとコンテンツまで影響・コントロールできると考えていないため、出井ソニーが競争の激しいメディア配信への参入を避けて、プラットフォームビジネスの基盤を構築する機会を見逃した。

■ 複合企業の逆シナジー
 ソニーが1999年にメモリースティック型ウォークマンを発売し、iPodより2年も早かったが、「音楽のコピーできる機器でソニー・ミュージックという身内に打撃を与えないように、HD型ウォークマンの開発に消極的な姿勢を取っていた。」と出井氏もこのような遠慮が誤算だったと認めた。一方、ジョブスがデジタル音楽に反対するレーベルとアーティストを積極的に説得していたことが対照的だった。
 個人的にはソニーがアップルのようにソフトウエアで問題を解決しようとしていないのも非常に残念だった。IT技術がAV機器に大きなインパクトを与える可能性が高いと認識しているのに、ウォークマンの開発においてはエレクトロニクスメーカーからIT企業への脱皮ができなかった。一方、アップルがiPodだけではなく、ソフトウェア開発とオンラインショップApple Storeの運用経験をフルで生かして顧客に完全となるサービス体験を提供していた。
 その結果、Appleがコンテンツを持っていないにもかかわらず、プラットフォームとして外部の生産者を生かして、自社のiPodユーザーに楽曲という価値を提供することができた。
 
■ エレクトロニクス企業でリードされているソニーグループ
 「グループ全社を統括する本社、すなわちホールディング・カンパニーを作りたかった」と出井氏が最後に述べていた。金融事業を統括する「ソニーフィナンシャルホールディングス」が無事に立ち上げられたが、エレクトロニクスとエンタテイメント事業を含めるグループ全体を統括する「ソニー・クリエイティブ・マネジメント」というホールディングス・カンパニーが幻のままで終わった。実質エレクトロニクス企業である「ソニー株式会社」が本社として機能しながら、今でもグループ全体をリードしている。
 結果的に誰がトップに務めても、純粋な本社立場でエレクトロニクス・エンタテイメント・金融事業を同列で考えて、遠慮せずに全体を纏めて進めていくことができなかった。このような組織構造がソニーグループ全体のエレクトロニクス企業からIT・プラットフォーム企業への転身を妨害していると思う。

■ まとめ
 出井ソニーがIT産業の方向性を正しく予測しているにもかかわらず、戦略・技術・組織面でいくつかの問題点が重ねた結果、グループ内の強みと資源をうまく活用できず、プラットフォームビジネスの構築する機会を無意識的に見逃した。一部の問題点は未だに残っているけど、アップルも輝きを失っている今、プレステとXperiaスマホを皮切りに、ソニーの完全復活を楽しみにしている。


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