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短編小説 荒野を駆ける 1,789文字 ご協力…しょう様

荒野を駆ける

 大男のハイキックが拓人の左腕に入ると

プチプチと靭帯が切れる音がした。

相手の顔面にパンチを入れようとちょうど伸ばし切っていた左肘。
パンチは相手が真下に潜り抜けて大きく空振りした形になった。
そこに奴が避けた真横から直角に蹴りを入れられたのでもろにダメージを喰らった形になる。
一拍置いて猛烈な痛みが襲ってきたので自分は靭帯損傷、そして骨折したのだと拓人は理解した。
ひどく嘔吐しそうになるのを堪えながら靴底を滑らせるようにして大男と2メートルほど距離をとる。

ーやられてばかりではいられないー

ぶらりと下がった左腕を庇いながらさらにもう一歩下がる。
砂埃のついたカーキ色のカーゴパンツを穿いた足で肩幅より大きく足幅をとる。
そして改めて相手に向き直った。

190cmはゆうにあるであろう長身の男で恰幅もよい。
対して拓人は平均身長、筋肉質にせよやや細身といったところだった。

周囲の荒野には砂地と草木以外何もない。
時刻は夕刻。
後方に真っ黒な雑木林が見えるぐらいで、埋立地のような立地条件だ。
この決闘には何もないところを選んだのだから。
ただ果てしなくあたりには砂地が広がっているだけだ。

拓人のセットされていないブリーチで痛んだ短髪に生ぬるい夕方の風がそっと吹いた。

それをきっかけに拓人はレースアップの黒いブーツをドタバタと走らせて大男の周りを旋回しはじめた。
拓人は一重のまぶたの横にあざ、口周りに切り傷があるが、大男は涼しい顔をして笑っている。
拓人はボディーにも何度か蹴りを入れられたのでダメージは大方喰らっている様相だ。
黒のスーツを身に纏った大男は走り回っている拓人のテンポに合わせて優雅に身体の向きを変えていた。
ツヤツヤと光るポインテッドの革靴はだいぶん余裕のあるステップのように見えた。
まるで、小粋なダンスでも踊っているかのような。

ー何かしらの爪痕は残さなければー

拓人にはそれでもこの大男と戦う理由があった。

詳しくは控えるが。この大男にはむかし、人にはとてもじゃないが言えない類の借しのような過去があるのだ。

「おいおい 目が回っちゃうよ」

男がくるくると360度回転のターンをする。
大男がそう余裕もって言ったのが合図だった。

拓人はわずかな大男のステップの動きのズレといおうか、テンポのよれのようなものをそのとき見逃さなかった。
背後に回り込み、後ろから抱きつき肘で首のあたりで右腕を使ってヒジで三角形をかたち作った。
そして
そのまま大男の頸動脈を閉めた。
左腕は申し訳程度に添えたがどんどん右腕は締まってゆく。
大男は顔を赤黒く真っ赤にし、パニックになって暴れた。
しかし奴は冷静に呼吸を一拍止めてから拓人の腕を振り解いた。
イタリア製のオートクチュールであるスーツは砂だらけになって半分以上真っ白になっている。
大男が砂地にうつ伏せで倒れ込んでゲホゲホと咳き込んでいる間に拓人は大男の左腕の上で何度も何度も飛び跳ねた。
自分がやられたヶ所と同じ場所をわざと狙う。
ブーツのヒールのついた踵から何度もなんども執拗に着地し、ダメージの拡大を図った。

何回目か足元でイヤな音がして大男がぎゃあと短く悲鳴を上げたので拓人は大男の腕から降りた。
そして
やってしまった、という気持ちと非常に笑いたくなる気持ちがジェットコースターのようにビュンビュンと上下するのを肌身で受け入れていた。

ーこれは防衛本能からくるものなのだろうか、不思議だー

拓人はそうまるで他所ごとのように考え、また感じとっていた。

たぶん、大男は脱臼でも食らったか。あわよくば骨折なのだが。

ーいや、どちらもかー

奴のジェルで固めた真っ黒なオールバックにしてある髪から絶え間なく汗が吹き出しているように見える。
大男は砂地に臥したまま全く動いていなかった。痛すぎて一時的に失神でもしたのかもしれない。だから。

目的を果たし終えたのでここにはもう用がない。
砂地を忌み嫌うように拓人は去った。

左肩をだらんと下げながら、そして右手を懸命に振りながら勢いよく駆けた。前方にオレンジの街灯の灯る街の方へ一目散に。

去ってきた雑木林の方よりずっと向こう、埋立地の南の海のほうから追い風が吹いてきて拓人はタンクトップの背中をぐんと押された。

そして街の歓楽街のアーケード入り口に走り込むまで、拓人は一度も後ろを振り返らなかった。

end

special thanks ……… しょう様

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