あなをさがしに
列の先頭は、遠くてよく見えません。
列の進みはやけに遅くて、カメのようにゆっくりと進んでいきます。
ピーターが列の最後尾から前の方をのぞくと、その顔触れは様々で、ずいぶんと個性的でした。人ばかりではなく、牛や馬、猫や犬、あっ、モグラが列を割り込んで怒られている。ちょうちょやとんぼ、コガネムシにカブトムシ、虫たちも律儀に何かの順番を待っていました。
ピーターは、まだ子どもです。たぶん年齢は、5歳くらい。5歳にしては、身長は低くて、クルクルとパーマのかかった赤毛がトレードマークです。
そのピーターだって、なんでこの列に並んでいるかなんて、知りませんでした。気付いたときには、もう目の前に列はあって、並ぶしかなかったのです。広大な土地には、さえぎるものはなにもなく、ただ列がクネクネと曲がりながら、どこかへと向かっていました。
ピーターが見える範囲では、子どもたちだけしかいませんでした。人間の子ども、動物の子ども、虫のこども。それに、誰もがピーターのように、この列に並ぶ意味を理解していないようでした。
ピーターが、しばらく列に並んでいると、ピーターと同じくらいの年の子が、線に沿って歩くように、列を離れて、迷いなくある場所に向かいました。男の子は、自分がちょうど入れるくらいの穴の前に止まると、ジャンプして、すぽっとはまってしまいました。男の子は、楽しいとも寂しいともとれるわかりにくい表情をしていました。
「おーい」
ピーターは、男の子に向かって叫びました。
男の子は、あたりをキョロキョロ見まわして、ピーターを見つけると、手を振りました。
「なーに?」
男の子は叫びました。
「どうして君は列を離れたの?」
ピーターは大声で尋ねました。
「ぼくもよくわからない。あながぼくを呼んだんだ」
「ぼくも行っていい?」
「ダメだよ。君は、たぶんまだ列から離れられない」
ピーターはがっかりしました。けど男の子が言っていることは、なんとなく理解できました。列は、ピーターをまだ離そうとはしてくれないでしょう。
「ぼくは、運がよかった。これを運がよかったと思うのは、人それぞれだと思うけど、ぼくは、このあなを掘り続けて、おおきくしていくしかないんだ」
男の子の顔には、希望と悲しみがうっすらとまじって見えました。
「ぼくは、どうすればいい?」
ピーターは尋ねました。
「あなが呼んでくれるのを今は待つしかないよ」
男の子は笑顔でそう叫んで、手を振りました。
列がのろりのろりと進むにつれ、先ほどの男の子のように、列からきっぱりと離れ、穴にすっぽりとはまる人や動物、虫がちらほらとあらわれはじめました。
ピーターは、自分の番はまだかな、とワクワクしていましたが、一向に穴に呼ばれる気配はありませんでした。列を進んでいくと、女の子の歌声がどこからか聞こえてきました。
「花をあげよう、疲れた心に。花をあげよう、忙しい心に。花は、あなたを癒すために生まれてきたわけではないけど、役に立てることは、うれしいこと」
ピーターは、女の子が歌い終わると同時に拍手をしました。女の子の歌声は、透き通っていて、ピーターはすっかり聞き入ってしまいました。
「ありがとう。わたしの歌どうだった?」
女の子は、穴からひょこっと顔を出すと、ほほを赤らめて、恥ずかしそうに尋ねました。
「すごくよかったよ」
「ほんとうに?」
「ほんとうだよ。こんなに感動したのは初めてだ」
「うれしい。あなたをわたしの最初のファンにしてあげる」
女の子は、キラキラと笑いました。
「君もあなから呼ばれたの?」
ピーターは尋ねました。女の子は首をかしげて、
「わたしは、ただ歌を歌いたかったの。その気持ちがわたしに合うあなを見つけさせたのかもね」
と、静かにいいました。
「歌を歌いたい?」
「そう。歌をたくさんの人に聞いてほしい」
そういうと、女の子はまた歌声をあたりに響かせました。とても気持ちよさそうに。
ピーターは、まだ列に並んでいました。並んでいるうちに、ピーターの背丈は、だいぶおおきくなりました。もじゃもじゃの赤毛は変わらなかったですが。
一緒に列に並んでいた虫や動物たちは、すでに自分の穴を見つけ、列を離れていき、もういません。ピーターの近くには、人しかいませんでした。彼らもピーターと同じように、成長をしているようでした。もう子どもではないようです。
ピーターは、列を離れていく人たちと自分の違いは、何なんだろうと考えていました。穴に選ばれるだけのなにかが自分には足りなかったのでしょうか。それとも、ただの運なのでしょうか。
ピーターも、あの女の子のように歌が好きです。しかし、その気持ちが弱かったのか、穴を引き寄せることはありませんでした。
そんなことを考えているうちにも、ピーターが勝手に仲間だと思っていた人たちは、どんどん列を離れていき、自分に合う穴を求め、広大な土地へと散らばっていきました。不思議なことに、誰かがはまらなければ見えなかった穴が、いまでは地面のいたるところに見えます。
「選ばれなかった以上、自分で探すしかないぜ」
「この列の終わりまでいたら、大変なことになる」
「はやく、はやく自分の穴をみつけなくちゃ」
人々は、そう独り言をつぶやいて、穴を一生懸命探しています。ピーターがどうしようかと考えているうちに、ひとりふたりと仲間は穴を見つけ消えていき、あとにはピーターだけが残りました。
ピーターは、とてもさびしくなりました。ピーターも、遅ればせながら自分に合う穴を探し始めました。しかし、どれも残念ながらピーターには合いませんでした。たくさんの穴はあるのですが、どうもしっくりきません。
途方に暮れて地面に座っていると、ピーターのおしりに何かが当たります。地面を突きあげるような力がおしりに伝わってきます。ピーターはあわてて立ち上がりました。土がモコモコと盛り上がり、地面のなかから、モグラが顔を出しました。
「ふぅー。今日も掘ったなぁ」
モグラはひたいの汗を拭いて、いいました。
「あの・・・」
「おぅ。どうした」
「どうしたというか」
「残り物か。たまにいるんだよな」
「のこりもの?」
「そうさ。自分のあなが見つからなかったんだろう」
ピーターは悲しそうにうなずきました。
「合うあながないなら、俺みたいに掘ればいいさ」
「あなを?」
「そうさ。自分に合うあなを作ればいいだけさ」
「どのくらいかかるの?」
「うーん。すぐ見つかるやつもいれば、時間がかかるやつもいたな」
「ぼくにできるかな」
「おいおい。最初からそんなこといっちゃいけないよ。あななんて、誰でも掘れるもんだよ」
「わかったよ。自分で掘ってみるよ」
モグラはにやりと笑って、ピーターにシャベルを渡し、また地面のなかに戻っていきました。
ピーターは、とにかく「ここだと」思ったところに、シャベルをつきさし、穴を掘り続けました。掘っては、穴に入り、掘っては、穴に入りをただひたすら繰り返しました。どのくらいの穴を掘ったでしょうか。もうずいぶんと遠くに来た気がします。腕もパンパンになって、もう上がりません。
穴にも呼ばれないし、自分に合う穴もない。
ピーターは、倒れこむようにして、地面に座り込みました。そして、仰向けになって、空を見上げました。空は、ピーターの灰色の心とは正反対に、青く澄み渡っていました。
パッと横をみると、おじいさんがちょこんと座っていました。おじいさんは、ピーターに気付き、ちいさく会釈をしました。ピーターは立ち上がって、おじいさんのもとへ歩いていきました。
「こんにちは」
「こんにちは」
「あなたはあなを掘らないんですか?」
「わたしは、もうあなを掘らないって決めたんだ」
「どうして?」
「若いころは、たくさん掘ったよ。君みたいにね」
「そうなんですか」
ピーターは仲間を得たようでした。
「掘らないと決めるにも、掘り続けないといけないんだ。もちろん焦りはあったよ。みんな、ちゃんと自分のあなを見つけて、はまっていくからね。けど、わたしはね、掘り続けて掘り続けて、あるとき思ったんだ。彼らは、たまたまはまるあながあったんだってね」
「たまたま?」
「そう偶然さ。これは、やっかみでも、強がりでもないよ。自然とそう思えた自分に出会えたんだ」
「自分のあながなくて、不安ではないの?」
「あぁ。はまる穴がないことがわかったんだ。ないものをいくら探したって、見つかりはしないさ。そう考えたら、不安ではなくなったよ」
おじいさんは、細い腕を胸に置き、
「わたしたちはたくさんのあなを掘ってきた。それは、誰にも経験できない唯一のものでないかな」
「・・・ぼくには、あながない」
ピーターは、広大な大地を見回しているうちに、不安がどこかへ消えていくのを感じていました。もう穴を掘ることはないんだと思うと、ピーターは、とてもうれしくて、心が満たされていきました。
Twitter:@hijikatakata21
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