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「となりのトトロばっかり繰り返し見てたよ」 ジブリ作品を見たときやぼくの子どもの話になっ…
243枚。 これはなんの数字かというと、いま書いている小説の枚数である。原稿用紙換算(400字…
小説を書いてみようと思ったのは、一昨年の夏ごろ。 友人の展覧会を手伝ったときに、ふと思い…
去年、どんな一年だったと聞かれたら、 「よく読んで、よく書いた年」と答えるだろう。 そん…
方向音痴である。 この前も、見事に目的地と反対方向に歩いていた。 100メートルくらい歩い…
今年に入ってからエッセイ本をよく読むようになった。 これは自らエッセイを書いていることも…
書くことに迷ったら立ち返る場所、がある。 現在、週2回ほどエッセイというかほぼ日記を書いて、アップしているのだけど、ときたま迷うことがある。 こんなこと書いて意味あるだろうかとか、読んでいる人の時間を無駄にはしてないだろうかとか。 もちろん相手の身になって考えることは大事なのだけど、その意識が強すぎると、自分の書いたものに自信が持てなくなる。 そんなとき 誰かの目に触れる場所で公開することに躊躇してしまう。 『若き詩人への手紙(リルケ)』という本がある。 詩人で
またまた「十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。」…
最後に手紙を書いたのはいつだろう? 思い出そうとしても、いつ手紙を書いていたかもはっきり…
ワールドカップが終わってからというもの、小説を書くことにエネルギーを注いでいる(といって…
深夜のあるファミレスで、友達に「何か書いてみれば?」と言われたことを思い出す。 ぼくはそ…
話すのと書くのは、つくづく違う。 と思ったのも、ぼくは話すのが苦手だからである。 友達や…
人は知らず知らずのうちに考えが凝り固まってしまう。 固定した考えというのは、日常生活を円…
定期的に書いていると、変化というものが出てくる。 ちょっと早く書けるようになったとか、まとめるコツみたいなものがおぼろげにわかってきたとか。 エッセイを書くという習慣がだいぶ身についてきたり(めんどくさいときもある)、自分の気持ちを伝えるためにいろんな言葉を調べたり。 書くということが生活に組み込まれて、すこし日常にハリが出てきた気もするし、自分の気持ちがより整理できているような感じもある。 書く題材は、自分が書かないと忘れ去られるような思い出だったり、日々の生活での