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とある本紹介式読書会の記録~2023年4月編~

◆はじめに

 前の日曜日、学生時代からの知り合いと毎月行っているオンライン読書会に参加した。今回の読書会は、「好きだけど人に紹介しづらい本」をテーマに、本を紹介し合うというものだった。

 本を紹介する読書会なのに、紹介しづらい本を持って集まる——何だかややこしい話である。実際、この矛盾したお題を前に「本が選べません!」と訴えるメンバーもいた。が、なんだかんだ言いながらも、当日を迎えてみれば、全員何かしら紹介する本を用意していたものだった。

 この日は、最古参メンバーの1人であるしゅろさんが、仕事で急遽来られなくなってしまったので、残る5人のメンバーで本を紹介し合った。僕が2冊本を出したので、紹介された本の数は6冊になる。では、メンバーはそれぞれの本について、どういうところが好きだと語ったのか。そして、なぜその本は紹介しづらいものだったのか。順番に見ていくことにしよう。

◆1.『されど罪人は竜と踊る』(浅井ラボ)

 経済関係の本とマンガを紹介することの多いメンバー・urinokoさんから紹介された本。SFとファンタジーを掛け合わせたようなテイストのライトノベルである。銃や剣、竜やモンスターが当たり前の世界の中で、主人公たちが次々に現れる敵を倒していく物語だ。強大な敵を倒す場面は見所満載で、とても面白いそうだ。

 ただし、元々1990年代に始まったシリーズだけあって、今ではあり得ないようなエロ・グロ描写がしばしば登場するという。urinokoさん曰く、「他の場所でこの本を紹介したら、人格を疑われる」とのことなので、余程凄まじい描写なのだろう。ともあれ、人を選ぶエグイ描写があることが、この本が紹介しづらい本である理由のようだ。

 また、この作品は現在24巻まで刊行されているが、そのうち20巻ほどは絶版になっており、手に入れるのが難しくなっているという。長大なシリーズもので、なおかつ入手困難であるというのも、紹介しづらい理由の1つであろう。

◆2.『ワクワクしながら夢を叶える宝地図活用術』(望月敏孝)

 読書会の代表を務める竜王さんから紹介された本。竜王さんが「人生で最も影響を受けた」と語る自己啓発本である。この本のテーマは、タイトルにもある「宝地図」である。これは、コルクボードの真ん中に自分の夢ややりたいことを書き、その夢などに関連する写真を残りのスペースに貼るというもの。それを部屋の目立つ場所に置くことで、夢ややりたいことが日々意識できるようになり、実現性が高まるというのだ。

 実際、竜王さんは、大学受験や就職活動の際、宝地図を作って部屋に飾っていたという。まさに、人生の岐路に立つ竜王さんを支えた1冊というわけである。

 それほど思い入れのある本であるにもかかわらず紹介しづらかったのは、以前この読書会で自己啓発本を紹介した際に総スカンを食らったことがあったからだそうである。確かに、自己啓発本は好き嫌いの分かれやすいジャンルである。そして、この読書会には、自己啓発本を好まない人が多い。それも、竜王さんにとっては運の悪いことに、夢ややりたいことに関連した自己啓発本のウケがよろしくないのだ。実際、この日も竜王さんの話の後、自己啓発本を好まないメンバーが徹底抗戦の構えを見せ、読書会には一時不穏な空気が立ち込めた。

 自己啓発本というジャンルを巡っては、なぜ好き嫌いがハッキリ分かれるのか、好きな理由や嫌いな理由はそれぞれどういったものなのか、一度じっくり考えてみてもいいかもしれない。

◆3.『ドラゴンクエスト 幻の大地』10巻(神崎まさおみ)

 読書会きっての多読派・van_kさんから紹介された本。ゲーム「ドラゴンクエストⅥ」のコミカライズ作品である。

 この本の紹介は、紹介しづらい理由の説明から始まった。一番の理由は、全10巻のうち、前半5巻はかなり丁寧に話が作られているのに対し、後半5巻はとにかく粗さが目立つからというものだった。次々に現れる敵キャラのうち、最初の1人には数巻費やしているのに、その後どんどん敵の扱いがイイカゲンになり、かなり手強い敵キャラがたった2コマで倒されることさえあったという。確かにそれは読んでいてガッカリしそうである。

 では、van_kさんはなぜこの本を、それもシリーズ最終巻に当たる10巻を紹介したのか。それはこの巻に登場する、魔王デスタムーアの誕生シーンが興味深いものだったからだという。世界にまだ何も、言葉さえもなく、己の心臓の鼓動の音しか聞こえないところから、デスタムーアはモンスターを次々に生み出し、最後に自らがそれら全てを支配する王となる。van_kさんはそのシーンを読みながら、唯一神の誕生というものを考えたそうだ。

 僕などは、「そこに思い至るのか!」と驚くばかりだったが、何はともあれ、示唆に富む内容を含んでいるという点では、紹介したいと思える本だったのだろう。

◆4.『三枝教授のすばらしき菌類学教室』(香日ゆら)

 読書会の紅一点・茶猫星さんから紹介された本。タイトルの通り、菌類学、すなわちきのこの生態など研究する学問を扱ったマンガである。実際の内容は物語仕立てになっているらしく、〈憧れの人を追って農業大学に入った男の子が、キャンパスで出会った女の子に誘われ、彼女の知り合いであるきのこの専門家・三枝教授の門を敲く〉という筋書きのようだ。

 茶猫星さん曰く、作品の肝となるきのこの解説は、菌類学の専門書にも負けないくらいしっかりした内容になっており、読み応えがあるという。きのこという、身近でありながら意外とよく知らないものに焦点を当て、詳しく見ていくというコンセプトになっているので、一定の層にウケるのも頷けるそうだ。ただ万人ウケするかどうかは疑問だという。

 しかし、茶猫星さんがこの本を紹介しづらい一番の理由はそこではない。きのこの指南役・三枝教授と、三枝教授のモデルになったきのこ研究者のビジュアルにギャップがあり過ぎること——これだという。

 表紙の画像からもわかるように、三枝教授は夏目漱石のような見た目をしている。一方、モデルになった教授の方は、巻末の付録に出てくるが、いかにも現代的なおじさんといった風の、丸っこい感じの人なのである。そのあまりのギャップに、茶猫星さんはショックを受けたそうだ。

 作品の内容は良いのだが、背景を知るとモヤモヤするといったところだろうか。

◆5.『氷菓』(米澤穂信)

 ワタクシ・ひじきが紹介した本。10年ほど前にアニメ化もされた、青春ミステリー小説である。面倒事には首を突っ込まない省エネな生き方をモットーにする少年・折木奉太郎が、高校で「古典部」に入部したのをきっかけに、部員たち、とりわけ好奇心旺盛な名家のお嬢様・千反田えるが持ってくる様々な謎を解き明かすことになる、という作品である。日常の謎を解く場面も幾つか登場するが、やがて、えるの伯父が関係している33年の事件の解明が主体となってくる。

 この本は、普通の本紹介で登場しても何ら不思議はないものだと思う。僕自身、この本には好きなところがいっぱいある。何よりも、奉太郎とえる、そして、2人と共に古典部の部員になる福部里志・伊原摩耶花の4人が送る高校生活が、羨ましいくらい魅力的である。それぞれ違う個性を持つ4人が、お互いに「しょうがないヤツだなあ」と思いつつ、なんだかんだで付き合っている様子は、いつまでも見ていたくなるほどだ。

 にもかかわらず、この本を紹介しづらいのはなぜか。それは、この本がミステリーでありながら、何とも言えないモヤモヤした読後感を伴うことに、個人的に納得がいかないからである。ネタバレを承知で言うが、『氷菓』では主体となっている謎が解けたところで、ある種の「闇」があぶり出される。それ自体はミステリーにありがちな展開かもしれないが、この作品の場合、「闇」は誰によっても断罪されることなく、如何ともし難いものとして放置される。それがどうも煮え切らないのである。

 モヤモヤが残っても良いという人も、もちろんいることだろう。だが、ミステリーを読む時は、謎が解けてスッキリした気分を味わいたい僕は、どうしてもそこに引っ掛かってしまうのだった。

◆6.『太陽の塔』(森見登美彦)

 続いても、ワタクシ・ひじきの紹介本。僕が一番好きな作家・森見登美彦氏のデビュー作である。半年付き合った水尾さんに振られた主人公の「私」が、クリスマスの近付く京都の街で、妄想ばかりを募らせながら、仲間たちと悶々とする様が描かれている。

 この作品は、後の「腐れ大学生」もの(『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』など)の原型ともいえるもので、何物も持たざる冴えない男子大学生たちの、可笑しさと哀しさが詰まった青春コメディーである。文章のスピード感も良く、また、終盤の奇妙な盛り上がりも楽しい。

 ではなぜ紹介しづらいのかというと、主人公「私」にストーカーの気があり、時たまこちらがドン引きするような一面を見せるからである。個人的に一番ゾッとするのが、冒頭付近の「水尾さん研究」なるものの成果物が登場するシーンである。その成果物をどこか誇らしげに語る「私」は、ひたすら怖い。

 ただ、そんな怖い男が主人公であるにもかかわらず、この本には女性のファンもいる。僕の妹もその一人で、「この本が森見さんの作品の中で一番学生をリアルに描いてるから好き」と言っていたことがある。そう考えると、幾ら怖いとはいえ、鑑賞には耐えうるのかもしれない。

     ◇

 以上、読書会で紹介された6冊の本を見てきた。

 最後に改めて、今回の読書会の肝に当たる、それぞれの本を紹介しづらかった理由を見てみよう。

「エロ・グロ要素があるから」
「入手困難だから」
「過去に紹介して総スカンを食らったジャンルだから」
「途中から話の作りが雑になるから」
「万人ウケするのか疑問だから」
「キャラとモデルのギャップがひどいから」
「個人的にテイストが肌に合わないから」
「主人公がまあまあヤバイ奴だから」

 こうして見ると、紹介しづらい理由も色々あるものだ。個人的には、「話の作りが雑になるから」と「キャラとモデルのギャップにショックを受けたから」は、予想できなかった理由だけに面白かった。

 前回の「好みじゃないけど読んで良かったと思える本」紹介、今回の「好きだけど人には紹介しづらい本」紹介。2つの読書会を振り返ってみると、メンバーがそれぞれ、どんな本をどういう風に受け止めているのかということが、今まで以上によく見えたような気がする。テーマがあることで、テーマに沿いながらどんな風に本を紹介するのか、ということに対し、より関心が高まったからであろう。

 2回続けて、「AだけどB」という、2方向からの評価を下さなければならないテーマ設定だったことも大きいと思う。1つの本を多面的に見る。その様に触れると、ただお気に入りの本の話を聞く時以上に、それぞれのメンバーの本との向き合い方が見えてくるのかもしれない。

 さて、次回5月の読書会は久しぶりに課題本形式である。課題本は、ミヒャエル・エンデの『モモ』。課題本の定番と言ってもいい一冊であるが、果たしてこの読書会では、『モモ』を巡ってどんなやり取りが生じるのだろうか。当日を楽しみにしつつ、まずは本を読むことにしよう。

(第148回 4月27日)

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