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とある本紹介式読書会の記録~2023年12月編~


◆はじめに

 12月17日(日)の朝、学生の頃からの知り合いたちと毎月やっている読書会に参加した。この会は元々、東京のカフェの貸会議室などを利用して不定期に開催されていたものであるが、3年前にオンライン化し毎月開催されるようになった。社会人になるのと同時に関西へ帰郷した僕は暫く顔を出していない時期があったが、オンライン開催になってからは継続的に参加している。

 この読書会は月によって、メンバーがそれぞれ本を紹介する形式になったり、課題本を事前に読んでおき感想や考察を話し合う形式になったりする。今回は前者の本紹介形式であった。そして、年内最終回ということで、〈今年のマイベスト本〉を紹介するというテーマが設定されていた。

 読書会のメンバーは全部で6人であるが、この日は1人体調不良で参加できなかったため、5人での開催となった。全員揃わなかったのは寂しかったが、年間ベスト本を紹介するというだけあってか、話はかなり盛り上がっており、賑やかな会になったように思う。

 ジャンルごとにベスト本を用意していた人がいたり、ベスト本を1冊に絞れなかった人がいたりしたので、紹介された本は全部で9冊にのぼった。それでは、順番に見ていくことにしよう。

◆1.『ダンジョン飯』(九井諒子)

 経済関係の本やコミック・ラノベを持ち寄ることが多いメンバー・urinokoさんからの紹介本。料理をクローズアップした冒険モノの嚆矢として話題を呼んだマンガです。

 大まかに言うと、ドラゴンに食べられた妹を救うため、主人公が道中で魔物を狩って料理しながらダンジョンを進む物語です。冒険モノのマンガはたくさんあるけれど、料理を主眼に置いた作品は当時珍しく、注目を集めていたように思うと、urinokoさんは振り返っていました。「一時中だるみしている印象があったけれど、最近最終巻が発売され、ラストは上手くまとめられていた」という話もありました。

 年が明けた2024年1月からテレビアニメが放送されること、それに合わせてか電子書籍で無料公開されている範囲が多いことも、今回紹介した理由だったそうです。この機会に触れてみるのもいいかもしれません。

◆2.『誰が勇者を殺したか』(駄犬)

 引き続き、urinokoさんからの紹介本。魔王討伐後のパーティーを描いたラノベで、ミステリー要素の強い作品です。魔王を討伐したパーティーが街に帰還したが、勇者だけ姿がなかった。その原因を調査していくうちに、色々と不審なことが明らかになり——という筋書きになっています。

 魔王討伐後のパーティーを描いた作品と言えば、現在アニメ放送中の『葬送のフリーレン』が思い浮かびますが、『フリーレン』がかつてのパーティーの旅路を辿り直す冒険譚になっているのに対し、『誰が勇者を殺したか』はミステリーになっている点が特徴だと、urinokoさんは言います。1巻で完結するラノベとしては完成度も高く、読後の満足感も高かったということでした。

 元々「小説家になろう」に投稿されていた作品なので、WEBで全編読むこともできるそうです。ただ、「ちゃんとした文章で読みたい方には本を買うことをオススメしたい」ということでした。

◆3.『ホモ・ルーデンス』(ホイジンガ)

 読書会きっての多読派であるvan_kさんからの紹介本。人間の本質は「ホモ・ルーデンス=遊ぶ人」であるとし、「遊び」という観点から人間の様々な活動を読み解いていく哲学書です。

 一般的には、仕事が〈真面目なもの〉であるのに対し、遊びは〈ふざけたもの〉と思われがちです。しかしこの本の中では、遊びには〈ふざけ〉の要素と同時に〈まじめ〉の要素もあると指摘されています。囲碁や将棋、様々なスポーツを思い浮かべても、そこにはプレーを楽しむと同時に、それらに真剣に打ち込む側面があることがわかります。むしろ、真剣に物事に取り組みながらも、それを楽しんだり面白がったりする余裕やゆとりを失わないでいるところに、遊びの本質があるのかもしれません。

 van_kさんはこの本を読んで、「やることを面白いと感じたり、面白そうだと感じられるものを取り入れようとするようなユルさや余裕が、仕事においても重要になってくるのではないか」と感じたと言います。

 前回の記事で紹介した「哲学的推し本披露会」に、van_kさんも参加していたのですが、その時の紹介本は『疲労社会』でした。『疲労社会』は、能力主義・達成主義が幅を利かせる現代において、人々が「自分には何ができるか」を証明し続けることを自分自身に強いた結果、疲れ果てていく状況を告発した一冊です。「仕事にも遊びの感覚を、余裕やゆとりを取り込もう」というvan_kさんの考えは、『疲労社会』が描き出した現代社会の問題を克服するためのものだったとも言えるでしょう。

 元々van_kさんは、「100の出力を常に出さなくても、今までと同じように物事を進められるような仕組みを作るのが望ましい」という考えを強く持っていたそうです。根詰め過ぎず、物事を楽しむ余裕をもって日々を生きていく、人間は本来そうできる生き物のはずだという考えは、とても印象深いものでした。

◆4.『共感革命』(山極壽一)

 読書会の代表を務める竜王さんからの紹介本。人類の繁栄を支えているのは、言語の獲得=認知革命に先立って「共感革命」というものが起きていたからだ、という学説を紹介している新書です。

 人類が現在の繁栄を手にしているのは、言語によるコミュニケーションを獲得したからだとよく言われます。それに対し、この本で紹介されているのは次のような考え方です。

〈言語が成立するまで、人間同士のコミュニケーションを支えていたのは音だったと考えられる。音に言語のような明確な意味はない。しかし、人間はその音を頼りに、信頼関係を築きコミュニティを成立させた。そうした営みが可能だったのは、人間の脳が音を通じ相手を信頼するか否かを判断できるように進化していたからではないか。〉

 人間の脳に言語の獲得以前に生じたこの大きな変化のことを、この本では「共感革命」と呼んでいます。そして、人間に進化の過程で備わった共感する能力を軸に、仕事や社会の在り方を構想するという形で、議論が展開しているようです。

 竜王さんはいま「共感」にとても注目しているそうで、その理由についても話をしていました。『共感革命』を紹介したのも、そのことと深い関係があったようです。

 ところで、この本の中では、共感は人類の繁栄を支え世界を作った一方、いま世界を破壊しようとしているとも指摘されています。人間の共感の及ぶ範囲には限界があり、そのために人類は複数の集団に分かれています。この集団同士はしばしば対立するのですが、現代社会においてはその対立が非常に激しくなっているというのです。

 共感は万能ではありません。それでも、共感する能力を軸にして世界を構想するというのは、どういうことなのでしょうか。詳しく聞くことはできませんでしたが、非常に気になるポイントだと僕は思いました。

◆5.『君が手にするはずだった黄金について』(小川哲)

 資格試験への挑戦・職場の異動など、今年は何かと多忙だったメンバー・しゅろさんからの紹介本。直木賞作家・小川哲さんによる、エッセイ風の小説です。

 物語の主人公は「小川哲」という名前の作家です。つまり作者本人を思わせる名前になっています。作中で描かれているのは、小川さんと身近な人たちとのやり取りであり、一見するとエッセイのようです。しかし、「エッセイとして読むには、文章にどうも違和感がある」としゅろさんは言います。詰まるところ、この作品は小説です。が、どこまでが本当でどこからが嘘なのかがわからない。そういった混乱を生み出す絶妙な文章で書かれているのが、この作品のポイントだと、しゅろさんは言います。

 例えば、「偽物」という章には、SNSでバズっている漫画家が登場します。彼は人に取材したネタをもとに漫画を描いており、小川さんも取材を受けるのですが、その際、漫画家がロレックスの時計の偽物を身に付けていることに引っ掛かります。その後、漫画家は作品を全て奥さんに描かせていたことが発覚して炎上します。彼自身は漫画を描くことすらできなかったのです。

 小川さんは一連の騒動を見て、「人に取材をして、人に絵を描かせて、自分の名前でバズっていたこの漫画家は何者だったのだろう」と思案します。しかし、その問いはやがて、「その漫画家と、虚構の物語を生み出すことを生業としている自分とは、何が違うのだろう」というところへスライドしていきます。本物とは何か、偽物とは何かが、輪郭を失って溶け出していくのです。その中で、この話自体、本当にあった出来事なのか、それともフィクションなのかということが問題になってくるのです。

 このように同じテーマを幾層にも重ねて問うていくという複雑な構成で、読み手の認識枠組みを大きく揺さぶるところが、この作品の魅力のようです。僕も話を聞いているだけで、惹き込まれるものを感じました。

◆6.『聞く技術 聞いてもらう技術』(東畑開人)

 さて、ここからはワタクシ・ひじきの紹介本を4冊連続で見ていきたいと思います。ジャンルもテイストも違う本の中からベストを1冊選ぶのは難しいと思っていた僕は、同じくらい印象に残っている本を少しずつ紹介していく方法を採りました。

 最初に紹介したのは、『聞く技術 聞いてもらう技術』です。誰もが余裕を失い、人の話を聞くことが難しくなったいま、私たちに必要なのは、話を聞いてもらうことではないか——このような考え方を軸にして、話を聞くこと、聞いてもらうことについて、小手先の技術から本質的な問題まで、わかりやすい言葉で論じている一冊です。

 この本の画期的なポイントは、「人に話を聞いてもらう技術」、つまり自分の強みをアピールする技術ではなく、自分の弱みをわかってもらうための技術というものを主題に据えたことでしょう。そこには、本来弱みを抱えながら生きている人間存在を深く受け止め、肯定する温かさが感じられます。そのため、読むだけで気持ちが安らぎ上向くようになる、そんな一冊になっているのではないかと僕は思います。もちろん、日々のコミュニケーションに活かせる実践的なヒントも色々見つかることでしょう。

◆7.『社会の変え方』(泉房穂)

 続いては、前明石市長の泉房穂さんが、自らの半生、そして明石市長として実現してきた数々の福祉施策を振り返った一冊です。明石市独自の子ども政策「5つの無償化」をはじめ、「誰一人取り残さない」社会を作るために実施したこと、それらを実現するために行った市政や行政組織の改革、そして、それらの背景にある泉さんの考え方などが凝縮されています。

 僕がこの本をいま一度引っ張り出してきたのは、「社会なんて所詮こんなもんさ」と諦めるのではなく、「社会にどうあって欲しいのか」をきちんと考え、態度を表明することにはちゃんと意味があるんだと、信じるきっかけになった一冊だからです。今もまさに政治腐敗のニュースが世間を騒がせています。政治にそういう側面があるのは確かでしょう。でも、志をもって世の中をより良いものに変えていこうとする政治家がいなくなったわけではありません。現に変わった街がある。そのことに、僕は強く勇気づけられる思いがしました。

 世の中のことをもっと知るための1つのきっかけにと思って読んだ本でしたが、それ以上に意味のある読書経験だったと、改めて思います。

◆8.『こんな夜更けにバナナかよ』(渡辺一史)

 続いては、筋ジストロフィー患者・鹿野靖明さんと、鹿野さんを24時間体制でサポートするボランティアたちを取り上げたノンフィクション『こんな夜更けにバナナかよ』です。「障がい」とは何か、「普通」に生きるとはどういうことかを問う一冊ですが、同時に「障がい者」や「ボランティア」に対する世間的なイメージを1つ1つ取り除いて彼らのリアルな姿を描いていくことで、人と人とが出会い、衝突しながら関わり続けていくとはどういうことかという根本的な問題に迫る作品にもなっています。

 一年の最後に改めてこの本を持ち出したのは、まさに、人と人とが関わり共に生きていくとはどういうことかを、この本を通じて考えたからでした。先入観や偏見を持たずに誰かと関わることはできない。けれど、互いに本気で向き合い、時に激しく衝突しながら関わり続けていけば、人はそのずっと先へ行くことができる。いつも何かの前で立ち止まってばかりの僕は、その「ずっと先」へ行った登場人物たちに、畏怖と憧れを抱きながら、この本を読んでいたように思います。

◆9.『凍りのくじら』(辻村深月)

 最後に紹介するのは、辻村深月さんの小説『凍りのくじら』です。

 主人公は高校生の芹沢理帆子。父は家を出て行方不明、母は癌で入院しており余命いくばくもない。家族で暮らしていた広い家に、理帆子は一人で住んでいる。遊び仲間はいるし、男と付き合っていたこともあるが、それらの輪や関係の中にいても、どこかその場に溶け込めない、自分がその場所にいないような感覚を覚える。理帆子にはそんなところがあった。

 そんな彼女の前に、彼女をモデルにして写真を撮りたいという一人の青年が現れる。彼との交流を始める理帆子。一方同時に、彼女のもとには不思議な警告が届くようになるのだった——

 この作品のテーマは、出口の見えない深い孤独とその救済だと、僕は思っています。理帆子の抱える孤独はとても深刻なものです。彼女は弱気な性格ではなく、むしろ自分は優秀だと思い人をやや下に見ているところがあるのですが、それもまた彼女の孤独を深めています。つまり、理帆子は半ば自縄自縛の状態で孤独の中にいるのです。

 物語の大部分において、理帆子は孤独の淵にどんどん落ちていきます。しかし、ネタバレを承知で言うと、そんな彼女に必要だったものが最後に訪れるのです。この場面を読んだ時の胸を衝き上げるような感動は、未だに忘れられません。

 この作品はまた、辻村さんの『ドラえもん』愛が詰まった作品としても有名です。各章のタイトルは全てドラえもんの道具から取られていますし、作中にもしばしば『ドラえもん』が登場します。弱い子どもの味方であるドラえもんが、物語全体に登場することも、この作品を魅力的なものにしていると言えるでしょう。

◆おわりに

 読書会で紹介された9冊の本について振り返ってきました。小説・新書・ラノベ・マンガ・哲学書と、かなり多彩な顔触れになったのではないかと思います。読んでくださった皆さまが、1冊でも気になる本と出会えていたら幸いです。

 最後に個人的な振り返りを少しだけ書いておくと、ここ数ヶ月仕事がとても忙しく、読書の方はかなりペースが落ちていました。本の内容がちゃんと頭に入って来ない時期もあり、ただ文字を追うだけの味気なさに悲しみを覚えたこともありました。それでも、1年というスパンで振り返ってみると、ちゃんと印象に残る本と出会えていたことを、この読書会、そして振り返りの執筆を通して確かめることができました。そのことを、今とても嬉しく思っています。

 来年も読書会は月1回のペースで続いていくことと思います。新たな良い出会いに期待しながら、僕も本を読み続けていきたいと思います。

 それでは、今回はこれにて。

(第201回 12月21日)

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