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地方都市の新たな魅力に出会う ブロンプトンとローカル線の旅#2 中国山地から出雲へ②

2021年9月、ブロンプトンと一緒に、中国山地のローカル線とポタリングの旅を楽しんだ記録です。初日は広島から三次へ。そして2日目は木次線へ向かいます。

◆ 芸備線の旅 三次〜備後落合

備後落合行きのディーゼル車は、定刻6時50分に発車。乗客は3人。地元住民の利用はなし。
三次の次の八次を過ぎると、やがて家並みが途切れました。列車は川沿いを徐行しながら進んでいきます。
雨は止み、雲が切れました。朝日が川面に反射して眩しい。
次の駅は神杉。駅名もいいが、島式ホーム、古民家のような駅舎、そして構内には晩夏の花が咲き乱れ、とても佇まいのよい駅です。周囲の農村風景もまた良い。

次の塩町は福塩線の分岐駅。よくもまあ、こんな平地がないところにところに分岐駅を作ったよね。
発車から30分ほど。車内にも朝日が差し込み、穏やかな美しい田園の朝。生命力に溢れた緑が美しい。

やがて庄原に到着。真新しいメゾネットタイプのアパートもいくつも目につきます。ここは庄原市の中心部だと思うのだけど、駅前に市街地というほどのものは見当たらりません。ドーナツ化現象によって郊外の庄原インターの方へ商業の中心が移ってしまったのでしょうか。
ここで、はじめての乗客が乗ってきました。カメラを携えた初老の男性で、見るからに年季の入った鉄道ファン。これで乗客は、乗り鉄及び元乗り鉄4人。
ディーゼル車は次第に山深く入っていきますが、人家は意外と途切れません。

川沿いに美しく軒を連ねる黒瓦の家並みが現れ、やがて備後西城に到着。

▲ 備後西城駅の手前で


その先、両岸に山が迫り、人家は急激に少なくなり、やがて山峡の乗換駅、備後落合へ到着しました。
ここは元国鉄職員が自発的に維持管理されているとのこと。無人駅ながら荒れた雰囲気はなく、構内には山峡の清涼な朝の空気が満ち溢れています。

▲ 備後落合駅

◆ 備後落合ポタリング

この駅に発着する木次線の列車は一日3往復。始発は9時20分。
駅の待合室には、往時の白黒写真が何枚も展示されています。スキーを担いだ人が大勢写っていました。広島市周辺から三井野原スキー場への乗換駅として賑わっていたのですね。

1時間強の待ち時間を、この山峡の駅で、ただぼーっと過ごすのも悪くないけれど、せっかくブロンプトンを連れてきているので、周辺を軽く走ることにしました。
駅からの坂道を下ると、駅前旅館だったらしき大きな木造家屋があります。

▲ かつての駅前旅館

細い川を渡ると、国道沿いには何軒かの家が並んでいました。ヘアサロンの標札を掲げた家もありますが、営業は月に2日、しかも午前中のみ。

辺りの風景写真を外壁に飾った農家。誰が見るのだろうか、とも思いますが、この土地を愛してやまない方の住まいなのでしょう。

まだ時間があるので、清流に沿って少し下ります。ドライブインがありましたが、扉を閉ざしています。自販機でお茶を買い、駅へと踵を返しました。
一緒に乗って来た鉄男2人が歩いて来て、すれ違いました。振り返ると、二人はドライブインの玄関目指して歩いてゆき、人気のない建物の前で立ち尽くしていました。

後で知ったのですが、このドライブインの「おでんうどん」は、知る人ぞ知る名物のようです。

駅へ戻ってブロンプトンを輪行袋に収納。ロードバイクだと15分程度は見ておくべきこの作業が、ブロンプトンだとせいぜい2〜3分、故に乗り換え駅などでこうして気軽にポタリングを楽しめるのが良いところ。

◆ 木次線の旅

9時20分、木次線の木次行きワンマンカーが発車。乗客は、私と、庄原から乗って来た年配の男性のみ。
ディーゼルのワンマンカーは、細い流れに沿って、唸りを上げて渓流を詰めていきます。
細いレールとバラストは落ち葉に埋もれ、草むして、今にも朽ちてゆきそう。

▲ 備後落合から三井野原への登り

とにかく、遅い。
ロードバイクで競走しても勝てるかもしれません。
この先の三井野原駅は標高726メートル、JR西日本の最高所といいます。古びたディーゼル車には楽ではない勾配なのでしょうか。路盤の規格上も、スピードを出そうにも出せないのかもしれません。

緑に埋もれた渓谷を抜けて風景が開け、三井野原着。空き家になった民宿が駅前に並んでいました。レンタルスキーの看板も色褪せています。
もちろんスキー場が営業している季節ではないのだけど、このスキー場、潰れてしまったのか?と思ってしまいました。調べてみたところ、営業は継続しているものの、近年は温暖化に伴い雪不足で営業できない年もあるようです。リフトの運行も停止され、代わって「ロープ塔」を運行しているとのこと。Tバーのようなものなのでしょうか。スキー人口の減少も相俟って、厳しい状況なのでしょう。

分水嶺を越えたディーゼル車は、三段式スイッチバックへ向かって、そろりそろりと降り始めました。稜線上から谷底まで、200メートルの標高差があります。
並行して、立派な国道が整備されています。深い渓谷を跨ぐ赤いアーチ橋と、高低差を克服するための「おろちループ」で知られるポイント。実用性だけでなくアトラクション的な要素でも、木次線は劣勢に立たされています。
線路が沢筋へ大きく回り込み、半ループ状に標高を下げるところから、おろちループの全容を望むことができました。

▲ おろちループ全景

急斜面を這うように敷設された線路を、列車は慎重に、場所によっては今にも止まりそうな徐行運転で下っていきます。短いトンネルや切り通しが連続します。

▲ こんな際どい桟もありました

左手に、出雲坂根駅へ下るレールが現れ、前方には木立の中へ伸びてゆく引込線が見えました。ポイントの部分にはスノーシェルターがかかっています。かつて急行列車なども走っていた時代の名残か、終点が見えないほどの長い引込線です。単行のディーゼル車は、そこにぽつんと止まりました。運転士が後ろへ移ってきます。

▲ スイッチバックのポイントと引き込み線

バックして下ってゆく先に、出雲坂根駅が見えました。ここのホームに沸いている清水がかつては知られていました。
この駅、1日の乗降客数は2000年以降一桁が続き、特に2013年以降は「一人」という年が続いています。国鉄時代から配置されているのは運転要員のみだったというから、専らこの山越えのために作られた駅なのでしょう。

▲ 出雲坂根駅へ入線
▲ 駅舎はまだ新しく綺麗

出雲坂根を出たディーゼル車は、奥出雲の田園地帯をコトコトと走っていきます。
神社を模した開業当時からの駅舎が残る出雲横田。このあたりから、少ないながらも親子連れなど地元の方たちが乗ってくるようになりました。
その二駅先は、手打ちそばで有名な亀嵩。赤いトタン屋根の懐かしい佇まいの駅舎。ホームは幼稚園児で埋め尽くされ、皆がにぎやかに手を振っています。
その中に、そばの折り詰めを持った店員が待っていました。庄原から一緒に乗っている初老の男性が、それを受け取ります。そういうことができるのか、と下調べしてこなかったことを残念に思いました。
このあたりは、のどかな丘陵が続きます。穏やかな初秋の一日。この辺りの里山をポタリングするのも一考に値したか…しかし、ここで寄り道していると、この先、宍道湖畔や松江市内を走る時間がなくなってしまうので、自重。
亀嵩の次の出雲三成駅では、奥出雲おろち号と列車交換。さっきの幼稚園児たちのお目当ては、こちらの方だったのかもしれません。4分間の停車時間に下車して駅舎を覗いてみると、地域の特産物市場も併設されていました。木次線の駅はどこも、地域の人達に大切にされている印象を受けます。

11時28分、木次着。この列車の終着はここということになっていますが、約40分後にこの車両がそのまま宍道行きとして発車するようで(当時のダイヤを完全に失念しております)、要は、単なる長時間停車ではないかい?という気もしますが、ともかくも木次の町を一走りしてみることにしました。
赤褐色の石州瓦の家並みが旧街道沿いに並び、小規模ながらも風情ある市街地でした。

この地域特産の焼き鯖を売っている店を2軒ほど見かけ、食指が動きますが、宍道行きの発車までに食うにはあまり時間がなく、かといって鯖のような匂うものを車内に持ち込むのも気が引けて、諦めました。

▲ すごく心動いたのですが…

ところが、後になって調べてみると、これも事前に予約すればお弁当にして駅へ届けてくれる店などもあるそう。まあ、下調べはし過ぎない方が現地での新鮮な発見の楽しみがあって良いと思っているのだけれど、往々にしてこんなことで後悔もします。

木次を発車した列車は、十数人に増えた乗客を乗せて、30分ほどかけて丘陵地を走り、終点の宍道駅に到着。ここは宍道湖の南西端。
昼下がりの湖畔を、松江に向かってペダルを踏み始めました。

◾️ ◾️ ◾️

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。この先は宍道湖畔を寄り道しながら松江へ。翌日は安来市へ走ります。続きもよお読み頂けると嬉しく思います。

私は、2020年に勤務先を早期退職した後、関東から京都へ地方移住(?)しました。noteでは主に旅の記録を綴っており、ロードバイクで北海道一周した記録や、もう一つの趣味であるスキューバダイビング旅行の記録、また海外旅行のことなども書いていきます。宜しければ↓こちらもご笑覧下さい。

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