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【69】北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周 24日目 恵山岬〜函館① 2017年11月5日

秋の名残胸に、冬ふたたび。(©️伊藤敏博)
ロードバイクでの「週末北海道一周」、2017年の最終日。津軽海峡に沿って、恵山岬から函館へ。今日も冬の始まりを告げる強風が吹き荒れています。

▼ ここまでの記録はこちら。


◆ 道南の活火山を巡って

仕事の夢で、4時前に目が覚めてしまいました。
10月から担当業務が変わり、プレッシャーを感じていたせいか、この当時はこんなことが頻繁にあったものです。
寝直して、何となく寝不足感を残しながら、7時前に起床。
カーテンを開けると、恵山が朝日を浴びていました。山腹の紅葉は、だいぶ茶色くなっていますが、まだ鑑賞に耐えるレベルです。

▲ 朝の恵山

朝食前に、灯台まで散歩。北風が冷たい。朝日がさしてはいますが、海上は雲多し。今日も変わりやすい天気でしょうか。

▲ 朝焼けの海

今日は、風向きが北から徐々に西へ移動し、風速も陸上で10m弱という嫌らしい天気予報。このまま北風の方が、山や森が風よけになってくれる可能性があり、まだましなのですが。
出発するころには、雲が空を覆い、風景は寒々しさを増していました。

恵山岬を周回する道はないので、海向山の北側を巻いて、旧恵山町へ向かいます。
朝の漁村を抜けていきます。漁師の服装と言えばアノラックの上下に長靴、というステレオタイプがあったけど、通りで見かけた数人の人達は、皆申し合わせたかのようにダウンベストを纏っていました。軽くて良質のダウンベストは一回着ると手放せなくなるものです。私も今回のライドでは、9月に新調したベストをずっと羽織っています。

椴法華からは、曇天の下、冬の到来を目前にした物憂げな風景の山肌を上り、二つほど起伏を越えます。沿道に葬儀場などもあるものだから、益々気持ちが沈んでしまう。
それでも、海岸線に向かって、それなりに爽快なダウンヒルをこなし、旧・恵山町の市街地に至りました。函館バスの車庫があり、人家もそこそこの密度です。ここも、平成の大合併により、今では函館市の一部。
眼前には、津軽海峡が広がりました。沖合をコンテナ船とフェリーが航行し、下北半島の影も見えています。水平線上は日が差していました。

さん

陸に目を転じると、恵山の全容が見えます。中腹から上は植物の姿がありません。ここから見る山容は昭和新山によく似ています。この山も同じように、遠くない過去に地面の隆起により誕生したのではないか、もしかしたら大規模な海底火山の活動によってこの半島が形成されたのではないか、と想像しました。
その後、少し調べた限りでは、海底火山によって新島が出現し、それが本土と陸続きになった、という事実は確認できませんでした。ただ、現在の恵山の溶岩ドームが形成されたのは約8千年前ということですから、自然史的にはさほど昔のことではないのは想像通りでした。この山は、津軽海峡の東端に位置し、海上でも遠方から望むことができるので、古くから船乗り達の目印とされてきたそう。

函館への道に就く前に、少し寄り道をして、東へ走ることにしました。この先は7kmあまりで行き止まりになります。突き当たりには温泉が湧いているようで、そこまで行ってみたい気もしますが、あまり欲張ると帰路が向かい風で大変なことになってしまうので、適当な場所から引き返す予定。
広い湾に沿って家並みが続いていいます。道南の漁村風景は、内地の風情に近い。
岬を回ると、その先は進むにつれて、恵山が覆いかぶさるように迫ってきました。

▲ 南西からの恵山

程なく、隣の集落に入り、左に登山道を分けます。もし今日、お天気が良く、微風か無風、欲を言えば背中を押してくれる東風であったなら、標高300メートルの火口原駐車場まで登ることも考えていました。ここからは、今も噴煙を上げる赤茶けた山容を間近にすることができるそう。
だが、今日は寄り道はほどほどにして、風がさらに強くならないうちに、距離を稼いでおいた方が良さそうです。

▲ 渚に伸びる道

アスファルト舗装した時の継目にヒビの入った荒れた路面が続きます。やがて、道は一車線ほどの細さになりました。
そこを抜けたところにある御崎という集落のあたりで引き返すことにしました。
Uターンした途端、風圧を感じました。幸い、まださほどの強風ではないが、ペースはぐっと落ちました。

◆ サンタロナカセ

9月を過ぎてから、どうも、以前より速く遠くへ走ることができなくなってしまいました。
冬から春にかけてはそれなりに走り込み、またホイールをDura Aceに変えたこともが功を奏し、この春~初夏は、100キロを超すロングライドでも時速25キロ以上は普通にマークできたものです。
しかし夏場は天候不順、9月以降は週末に色々所用があり、ロングライドの機会が激減していました。身体は正直なものです。サボっていた分、筋力にも心肺機能にも、ちゃんとツケが出ています。

旧恵山町の中心部を駆け抜け、海沿いの道の駅や整備された公園を横目に走り、間もなく西隣りの集落へ着きました。これまで走って来た地域と比べて、明らかに集落間の距離が短くなりました。
山側をバイパスが抜けていますが、ここは海沿いの旧道を走ります。海岸線に沿って、細長く家並みが伸びています。人々の生活と漁業が一体となった感じの、内地の漁村のような風情。半ば店を閉じたような酒屋、昭和の面影を残す食料品店…そんなものが残されています。
集落が途切れるあたりで、陸側は絶壁がぐっと迫って来ました。崖と道路の間の、どうしてこんな崖崩れの危険もある狭いところに、と首を傾げたくなるような平地に、民家が身を寄せ合っています。
路肩に置かれたフロートバッグに書かれた「通行止め」の文字が色褪せています。実は、私が持ち歩いている2015年版のツーリングマップにも、この道は通行止と記されており、少々気にはなりましたが、取り敢えず行ってみることにしました。自動車の通行は不可能でも、自転車ならば何ら支障なく通過できることもあります。それに、バイパス側には長いトンネルがあるようなので、忌避したくもありました。

その先の、サンタロナカセ岬、と地図にあるところで小休止。ちょうど引き潮のようで岩礁が顔を出し、突凸とした岩がいくつか海面から突き出していました。振り返れば漁村の向こうに恵山の溶岩ドームが望まれ、行く手に目をやれば大きく弧を描き、津軽海峡に突き出した半島の先端に白い灯台が見えます。

▲ サンタロナカセ岬

サンタロナカセ、の語源は「三太郎泣かせ」で、この地に暮らしていた三太郎という人物の息子が、ある日漁に出たまま戻らず、三太郎と息子の嫁は日々海に向かって泣き続け、やがてはこの岬に立つ岩になってしまった、という昔話に由来するそう。
青空がのぞき、雲間から光が射して海面が輝き始めました。今日は日曜日ですが、レジャーなのか、小さな漁船が沖合をゆっくりと移動しています。

◆ 道南金剛・日浦洞門

その先は、なかなか面白い道でした。
まず、陸側に階段状の断崖が展開。「道南金剛」という景勝地だそうで、一昨年根室で訪問した車石を大規模にしたような柱状節理が続いています。階段状になっているのは、かつて石切り場として使われていたからだそう。

▲ 道南金剛

続いて、断面の小さな手掘りのトンネルが連続します。「日浦洞門」と呼ばれ、昭和初期に掘削されたものだといいます。山側に長いトンネルが開通するまでは、この道は沿岸の漁村を結ぶ命綱だったのでしょう。崩落防止のため、坑内は鉄板で覆われています。

▲ 日浦洞門

道南金剛も日浦洞門も、函館市のホームページなどに紹介されています。しかしこの日は、下調べもせず、予備知識もないまま走りました。
その結果としての予期せぬ発見、予期せぬ絶景は、単なるガイドブックの確認旅行では得られない、鮮烈な記憶を残してくれます。今ではネットで相当細かな地域情報まで事前に調べられるけれど、敢えてそれは封印し、未知の風景との出会いを愉しみに旅することが、自転車旅には合っているように思います。
しかし一方では、10月のライドでイザベラ=バードゆかりの古刹を通過してしまったように、下調べ不足で激しく後悔する破目に陥ることもあるもの。

どの程度の予習をして現地へ向かうべきか。要は程度問題なのだけれど、「どこそこの景色が綺麗」「ここへ行ったらこれを食べねば」といった一般的観光情報から一歩踏み込んで、その土地の歴史風土を背景にした文学作品や映画などから造詣を深め、現地でその世界観を体感する、というのが、自分の内面を磨く上で、それなりの意味があるやり方に思えます。

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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。引き続き、強烈な向かい風と疲労と闘いながら、函館まで2017年最終行程です。宜しければ続きもご笑覧ください。

私は、2020年に勤務先を早期退職した後、関東から京都へ地方移住(?)しました。noteでは、ロードバイクで北海道一周した記録や、もう一つの趣味であるスキューバダイビング旅行の記録、そのほかの自転車旅や海外旅行の記録などを綴っています。宜しければこちらもご覧頂ければ幸いです。


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