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【読書】『ナポレオン千一夜物語』

 英雄は英雄として生まれるわけではない。
 人間として生まれて、どうにかこうにかして、英雄になるのである。
 「英雄ナポレオン」ではなく、「人間ナポレオン」を、藤本ひとみさんは書きたかったのであろう。
 『皇帝ナポレオン』では新聞記者モンデールの口を借りて。
 『ナポレオン千一夜物語』では、ポーランドで出会った愛人、マリー・ヴァレフスカに、皇帝になるまでの半生を、ナポレオン自信が語るという叙述形式で。
―――――なんだけど、よく皇帝になれたなとか、よく英雄になれたなとか、とかなんとか・・・・・

コルシカ独立運動からフランス革命へ

 コルシカ生まれのナポレオンは、当初、コルシカ独立に燃えた英雄、パスカル・パオリにあこがれていた。
 詳細は別書・別項に譲るが、ナポレオンの父親がフランス側へと転向したことで、パオリはナポレオンを含むボナパルト家を「裏切者」と断定。
 結局、ボナパルト家はコルシカを追われることになる。

 ところで、当初コルシカからイギリスに亡命していたパオリは、イギリスの援助で帰国に成功するのだが、コルシカの人びとのスタイルではなく、イギリススタイルで帰国していた。
 なぜか?

 昔からイギリスの外交というのは、フランスの敵に資金援助することでフランスを弱らせるというものだったが、この時もそうだ。パオリはその手先として使われたんだ。

 パオリ自身も気がつかない間に、イギリスに取り込まれ、利用されていたのだ。
 これの方法は、イギリスの側から見れば上手い作戦。
 ということは、フランスの側から見ればやっかいな作戦である、ということ。
 いずれにせよ、「統治するなら分断せよ」は間違いであり、「敵は分断して、混乱させろ」は正解である。

 帰国後のパオリは、ナポレオンを含むボナパルト家を裏切者と断定してことは上述。
 しかし、この時、ちょうどフランス革命が進行中。
 貴族でもなければ、フランス本土ではなくコルシカ生まれの、ナポレオンにとって、旧体制のフランス本国では出世の道は閉ざされていたが 革命のおかげで出世の道が開かれた。

 私は傷つけられたが、それでもコルシカ独立運動に燃えていた。フランスには自分の未来はないと知っていたからだ。コルシカで生きていくよりないと思っていた。
 結論から言えば、これは間違っていた。私は、旧体制のフランスに絶望してコルシカを選んだのだが、その頃、フランスでは革命が始まり、旧体制は壊れ始めていた。

 のちに皇帝・英雄になるナポレオンを追っ払ってしまったのが、旧体制のフランスであり、旧体制のコルシカ。
 逆に、受け入れたのが、革命進行中のフランス。
 あらためて、旧体制とは、非効率で不条理なシステムであったことがわかる。
 理不尽な差別や迫害は、される者にとっても不幸だが、するものにとっても不幸にしかならない。

チビの伍長

 風采の上がらない小男。
 コルシカ訛りのフランス語。しかも早口。
 今現在と違い、外見で10割判断されてしまう時代。
 いろいろあって、イタリア方面軍最高司令官として着任したナポレオンだが、逆風びゅんびゅん。
 そんなナポレオンのイタリア遠征の晴れ舞台は、1796年5月10日の「ロディの戦い」。

軍旗を手にして敵陣につっこむなんてことは、普通、司令官のすることじゃない。そんな無茶をするのは、せいぜい伍長までだってことらしい。

 ということで、この後、兵士たちは愛情をこめて、ナポレオンを「チビの伍長」と呼んだ。
 エジプト遠征は失敗してしまったが、その前のイタリア遠征は成功。
 しかも、一般兵士からの信頼も獲得することにも成功する。

家庭内でも大戦争

国を従わせた英雄にも、家族を従わせることはできない

 ということで、題して”家庭内でも大戦争”
 思わず笑ってしまうタイトルだが、ナポレオンにとって笑い事ではない。
 イタリアではオーストリア軍と、エジプトではマムルークやトルコ軍と、どちらも自軍より大軍と戦うことになる。
 そういう時こそ、せめて家庭では温かくしてほしい―――――
―――――ならない。

母とジョゼフィーヌは、あらゆることが正反対だった。母は倹約家で口数が少なく、質実剛健、自分の義務に忠実で、夫以外の男は知らない。ジョゼフィーヌは浪費家で話好き、受かれ屋でずるく、義務から逃げることばかりを考えてる浮気者だ。

 ここまで正反対な嫁姑も珍しい。
 嫁姑問題は、まったく関係のない赤の他人はうかつにかかわるものでもないし、当事者にとっては大惨事なのだが。
 しかし、この問題はナポレオンの母の味方をしたくなるものだ。
 ジョゼフィーヌに問題がありすぎるからだ。

 軍事物資納入業者から仲介料をとってフランス政府に推薦する―――ようするに、癒着して賄賂。
 しかも、若い男を愛人として連れまわしながら。
 エジプト遠征時など、大惨事が起こる。
 奥様から手紙をもらった、ジュノから報告を受ける。

「最高司令官、大変です」
 そう言いながらジュノは、私のテントに入ってきた。
「言いにくいことですが、司令官の奥様の浮気が、パリ中でスキャンダルを巻き起こしているそうです」
 私は、自軍の二倍もの敵とどうやって戦おうかと悩んでいたんだぞ。その最中に、これだ。全く言葉もなかったよ。ジョゼフィーヌもジョゼフィーヌなら、ジュノのジュノだ。いくら妻が書いてきたからといって、そのまま私に伝えることはないじゃないか。言いにくいことなら、言うなよ。
 おい、笑うな。そうだな、敵もジョゼフィーヌもジュノも、まとめて殺してやりたいような気分だったよ。

 そして、それを詰問するナポレオンの手紙は、イギリス軍に発見され、11月24日付けのイギリスの新聞に、英訳付きで掲載されることになる。

 まったく、なんてこった。今なら、断りもなく使った手紙の掲載料を寄こせと言うところだが、当時は、それどころじゃなかった。何しろ、浮気と暴露記事のダブルパンチだからね。

 こう書いてくれると笑ってしまうけれど。

 英雄ナポレオンも、英雄である以前に、人間ナポレオン。
 普通の人間が英雄になるには、尋常ならざる試練が待ち受けているものだが、ここまでの試練に乗り越えてきた英雄はいないのではないかと思う。
 僕はこのような試練にさらされたくないので、庶民で余生を全うします。


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