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【読書】『わが友マキアヴェッリ』第二巻②【最強モーター発動】

マキアヴェッリが就職したカンチェレリアは、内閣の下にあって、種々の実務を行う機関である。英語だと、Chancelleryとなる。もしも、あの時代のフィレンツェの実情に近い訳語を選ぶとすれば、内閣官房と訳したほうが適当ではないかとさえ思う。

 マキアヴェッリの仕事は何だったのか?
 塩野さんは、マキアヴェッリ自身が好んで使った「フィレンツェの書記官」を生かすとなると、
「フィレンツェ共和国第二書記局の書記官」
とするしかなくなってしまうといっている。
 役職の「名前」がハッキリしても、「役割」がハッキリしない。
 現代社会のように整備がされておらず、しかもフィレンツェ一国だと規模が小さいから単純な比較はできないのだが、「書記官」マキアヴェッリは
「なんでもやる」
のである。

 二十九歳の「フィレンツェの書記官」は、京極純一先生の言葉を借りれば、欲張り婆さんみたいになんでも抱え込んで仕事をふやすから、手がまわらなくなり首もまわらなくなる式の、日本の官僚たちと似ていなくもなかったかもしれない。そのために手がまわらなくなり首もまわらなくなるまでにはいたらなかったようだが、欲張り婆さんみたいになんでもかかえこんで仕事をふやす点では、どうも相当によく似ていたように思われる。

 「欲張り婆さん」と書いてしまうと問題あるのではないかと思って調べてみたのだが、「舌切り雀」や玩具が出てきたので、問題はないかと思う。それはともかく―――――
 塩野さんは「働きバチ」と表現しているが、マキアヴェッリは八面六臂の大活躍なのである。

フランス出張

 マキアヴェッリ初の外国出張は、フランスになる。
 きっかけは、「ピサ戦役」の失敗である。いきさつは、【読書】『わが友マキアヴェッリ』第二巻①で触れた。
 フィレンツェ政府は莫大な金を支払ったから十分だと思っていた。ゆえに、スイス人傭兵隊の帰国費用まで支払う必要はない、と判断した。
 これを支払ったフランス王ルイ一二世が激怒。ピサ戦役の失敗はフィレンツェに全責任があるとし、同盟破棄すると言い出す。
 この「弁明」のためにマキアヴェッリが派遣される。任務は、ルイ一二世の機嫌を損ねることなく、金の支払いも少なくするようにすること。

 どういう仕事なのであろう。
 ピサが離反したのは、フィレンツェ政府がイタリア内で孤立していたため、足元を見られたからである。
 また、ピサ戦役も、はじめは傭兵に頼って失敗し、次いでフランス王に頼って失敗したのである。
 後年『君主論』のなかで、傭兵にも外国の援軍にも頼るな、と批判するのも当然なのだが、いくら言ってみたところで、マキアヴェッリの任務は変わらない。
 ようするに、フィレンツェ政府の無能の尻ぬぐいである。

 しかも、フィレンツェ政府はこの任務の経費をケチる。ゆねに「カネが足りない」といってマキアヴェッリはクレームをつける。
 実際のところ、本当にカネがかかるのだ。
 まず、フランス王の宮廷が一か所にとどまらない。移動を繰り返す。
 そのたびに馬を徴発するから、馬の借り賃も暴騰する。
 木賃宿にも泊まれない。フランス王は「カネ」の問題で不機嫌になっているのだ。その「弁明」なのだから、カネがないように思わせるわけにはいかない。
 そして、フランス王の宮廷に出入りするにもカネがかかる。
 こいつらには〇ドゥカートとか、こいつらにはカネは払う必要はないが酒ぐらいふるまっておいたほうがいいだろうとか。チップというか賄賂というか、そんな経費までかかる。
 「カネが足りない」というマキアヴェッリのクレームは正当なものなのだが、フィレンツェ政府は出し渋る。それも、任務はフィレンツェ政府の無能の尻ぬぐいなのに。

 とはいっても、マキアヴェッリはフランスやその宮廷のことを貪欲に観察し、膨大な量の報告書を書いている。
 また、「カネ」の話に戻れば、フィレンツェから送金される「カネ」の両替をどこでやったほうが換金レートが都合がいいとか、手数料がかからないとか、細々と書いている。以降、「フランス通」として通るようになる。
 フィレンツェ政庁内では評判よく受け取られ、フランスというとマキアヴェッリが派遣される機会が増える。

チェーザレのもとに出張

 フィレンツェの悲願は「ピサ再領有」だったのだが、青天の霹靂―――――ピサがチェーザレ・ボルジアに降伏してしまったのだ。
 チェーザレの電撃戦は続く。フィレンツェは、あっという間にチェーザレの勢力に囲まれることになる。
 こういう時に派遣されるのは、マキアヴェッリである。
 戦勝の後だから、といってもよく言うなチェーザレも、というのが次の言葉。

「あなた方の政府は嫌いだ。信用ができない。変える必要がある」

 決していい方法ではないのだが、塩野さんの分析はこうだ。

 しかし、マキアヴェッリは考えたかもしれない。態度は高圧的でも、ヴァレンティーノ公爵の言ったことは、まったく事実そのものではないか、と。フィレンツェ政府の優柔不断ぶりは、常々マキアヴェッリの歯ぎしりするところであった。また、小ずるく立ちまわろうという政府のやり方は、所詮は不利に終わるのだと言ったのも、マキアヴェッリである。倫理の問題ではない。外交的に不利だということである。

 政治の世界はきれいごとだけでは通用しない。「マリーシア」のような狡猾さは必要なのだ。それに、マキアヴェッリ自身が政治と倫理をハッキリと分けている。
 しかし、優柔不断で曖昧な態度を繰り返し、その場しのぎの場当たり的な対応を繰り返し、しかも小ずるく立ち回ると、信用を失う。
 イタリア内での孤立。ピサ離反。傭兵隊にもフランスからの援軍にも、いいようにあしらわれる。それでさらに輪をかけて、イタリア内で孤立する。
 負のスパイラル。
 マキアヴェッリならずとも、いつまで同じ失敗を繰り返すのか、と思うだろう。

 その後、チェーザレ配下の傭兵隊長たちが反旗を翻す。のちに「マジョーネの乱」と呼ばれることになる、
 チェーザレはフィレンツェに同盟を結ぶことを要求する。例によってフィレンツェ政府は態度を明確にしない。したくもない。ということで中立を決め込みたい。それもチェーザレに悟られずに。
 とはいっても、チェーザレの要求を無視することは許されない。
 こういう任務はマキアヴェッリが派遣される。

 結果を先に書けば、「マジョーネの乱」はチェーザレの完勝に終わる。和睦のために集まった反乱者をセニーガリアで一網打尽にしたのである。
 イタリア中が「見事なる欺き」と拍手喝采を送ることになる。マキアヴェッリは「偉大なるしらばっくれ」というあだ名をたてまつる。
 この間、マキアヴェッリはチェーザレの手を見続けることになる。マキアヴェッリの結論は、チェーザレ勝利である。
 明日の勝利者に恩を売るためには、今日やらなければダメのだ―――――と結論付けるのだが、フィレンツェ政府は優柔不断をやめない。
 それどころか、またしても、経費を出し渋るのである。
 マキアヴェッリも本国への報告書の中で、

「どこかの国が二年かかっても使わないであろう金を、ヴァレンティーノ公爵は、この十数日のあいだに使っています」

と嫌味たっぷりに書くのだが、だからといって経費は出し渋る。
 ついにマキアヴェッリは、非常手段に訴える。政府への報告書を持たせて送る飛脚費用の「着払い」という手に打って出る。
 政治的無能だけでなく、経費の使い方まで無能なのかと思うと、マキアヴェッリならずとも頭を抱える。というより、よく放り出さなかったな、と同情する。
 のちに、マキアヴェッリは『ディスコルシ』の中でこのように書くことになる。

国家が貧しくて、貧弱な褒美しか出せなくとも、少ない賞でも出ししぶってはならない。

『ディスコルシ』

 愚痴なのか、嫌味なのか、皮肉なのか、ひとこと言いたかったのか。

最強モーター発動

 四角大輔さんは、『人生やらなくていいリスト』の中で述べている。
 得意なこと、好きなこと、の掛け算から「最強モーター」が発動すると強力なパワーが発揮される、と。

 マキアヴェッリが、いつから好きになったのかはわからない。たぶん、やっているうちに好きになり、好きだからこそのめりこみ、いつの間にか得意になり、気が付いたら最強モーターが発動したのでは、と推測する。
 だからこそ、「欲張り婆さん」のように仕事を抱え込み、「働きバチ」になっただろう。経費不足でクレームをつけることはあっても。

要するにマキアヴェッリは、彼自身の言葉を借りれば、「政庁内の自席の温まる暇もないほどに酷使された」のである。ただ、彼は、経費の不足には苦情を言ったが、酷使には苦情をもらさなかったようである。書記官の肩書でも、彼には満足であったのだろう。

やはり重要な国ともなれば、出張中に観察し、分析し、思索し、総合したことを、記録しておこうという想いが自然にわいてきたのであろう。

 「フィレンツェ共和国第二書記局の書記官」であるマキアヴェッリのもとには、政治、軍事、外交、経済、要するに国家機密が集まる。
 そして、「国家の技術」に興味のあるマキアヴェッリにとって、これほど好都合な仕事はなく、「最強モーター」が発動したのだ。
 フィレンツェ政府が、優柔不断をやめず、故に失敗を繰り返す。その尻拭いの交渉、などという誰もが嫌がる仕事でも、マキアヴェッリにとっては、面白くて仕方がなかったのだ。

 それなのに、何の落ち度もなかったのにもかかわらず、失職することになる。


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