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【読書】『キノコとカビの生態学』【カビの有益性と有害性、からの農業】

「キノコの勉強をしよう」
と思ったのが、本書を手にした理由。
 知らなかったのは、うかつなことなのですが、キノコもカビである。
「カビ食べてるのか」
と考えると、複雑なものがありますが。
 「枯れ木の中は戦国時代」というように、カビの世界も生存戦略を繰り広げている。
 それが、農業につながり、僕たちの食べ物につながるってくるとは思わなかった。


ポイント
 自然の鉄筋コンクリートである植物の細胞壁を、カビは4種の戦略で腐朽している。
 一つのカビでも、有益性と有害性がある。
 有益性だけを見て安易な方法で導入してしまうと、移入種問題―――環境破壊につながる。

カビの木材腐朽

 詳しいことははしょって、簡単に。
 植物の細胞壁はセルロースやヘミセルロースを、リグニンが囲む構造を作っている。
 セルロースやヘミセルロースは分解して単糖に戻せばエネルギー源として活用できる。一方、リグニンは分解しにくいうえ、エネルギー源として活用できない。
 分解されやすいセルロースやヘミセルロースを、分解されにくいリグニンが保護している。
 この構造は、鉄筋コンクリートに例えられる。さびやすい鉄筋をコンクリートが保護して守っているように。
 そんな自然の鉄筋コンクリートを、木材腐朽菌は4つの戦略で克服している。
①白色腐朽:リグニンを分解して除去する
②褐色腐朽:リグニンをうまくすり抜ける
③軟腐朽:他の菌類がリグニンを分解して利用しやすくなった後、セルロースやヘミセルロースを利用する
④糖依存:他の菌類が分解した糖をかすめ取る
 ただし、単純に4分割できるものでもなく、時間差攻撃をかけたり、他種との共存共栄を狙ったり、他種を駆逐したり争ったり、といった戦略をとって、生存競争を行っているのです。
 深澤さんは「枯れ木の中は戦国時代」と書かれているが、「カビの生存戦略でどれが打ち勝つのか?」に対する兵法の答えは出ていません。
 条件が多種多様で、複雑すぎるからである。木材の種類、土壌の栄養素、昆虫の穿孔、昆虫の糞、人間の木材利用、などなど。
 そもそも、カビは地球上に150万種とも、510万種とも言われているが、ヨーロッパでも2000種しか知られていない。
 分からないことが多い、そもそも、知らないカビも多い。
 これは研究の余地がある、ということなので、未知のカビが大発見になるかもしれない可能性を秘めているということでもある。

トリコデルマの有益性と有害性

 トリコデルマは、リグニンには手出しができず、他の菌に寄生してやっつけてくれる、という特徴がある。
 この特徴を生かして、木材に取り付けて、他の菌をやっつけてくれれば、木材防腐効果を期待して・・・・・という研究がされている。
 化学物質ではなく、自然界に存在するものを利用する。安全性を求める風潮があるので、期待したいところ。
 だが、トリコデルマの木材防腐効果は、期待されるほどなく、商品化はされていません。
 木材腐朽菌が多種多様であり、そのすべてに拮抗するトリコデルマ菌種が見つかっていないからだ。
 しかし、農業分野では商品化されていて、トリコデルマ属アトロビリデの胞子懸濁液を用いて、イネ種子の病害目的で使われている。

 この「アトロビリデ」を調べてみたのだが、
・人に対する安全性に問題はない
・ごく一般的な種で、すでに被曝しているから、負の影響は認められていない
と、ここまでは「有用菌」なのだが、
・シイタケに対して中から弱の病原性がある
と、シイタケにとっては「有害菌」になってしまうのである。

移入種問題:安直な方法はとらないこと

 『農業新時代』には「ダニをもってダニを制す」とある。
 害虫であるハダニを、益虫を使って駆除することで農薬を使わない、無農薬栽培、有機栽培を行う取り組みがあることを紹介しています。
 自然と調和した社会的な農業ができたら、と思うと夢がある。

 「じゃあ、トリコデルマを使って、有害菌を追っ払おう」
と考えて、安直にばら撒いてしまうと、
―――――シイタケがやられてしまうのである。
 1970年頃に九州の山間部で猛威を振るった「ホダ木の黒腐れ病」の主な病原菌がトリコデルマ。
 そう考えると、シイタケ農家と、八百屋さんと、お鍋の天敵なのである。

 話は脱線するが、僕たちが日常的に見かけているシイタケは「菌床栽培」。つまり工場生産品。対して、「原木栽培」は森の中で栽培しています。
 居酒屋のテレビで見たので、どこのテレビ局で、どの番組かは不明。
 対馬のシイタケの「原木栽培」のシイタケを見たのだが、大きくて肉厚なのである。
 焼いて、バター醤油で味付けしただけなのだが、なんとまあ、美味しそうなのでしょう。
「首都圏でも売ってくれないかな?」
と思っても、あまりお目にかからないのですが、干しシイタケのコーナーに「原木栽培」がありました。
 大きさが全然違うので、皆様も干しシイタケのコーナーに行ったら、探してみてください。
 対馬に行くことがあったら、ぜひとも食べてみたいものだ。
 そんな大きくて肉厚で美味しそうな「原木栽培」のシイタケが、「トリコデルマにやられたのかなぁ」と考えると、トリコデルマはグルメの有害菌にまでなってしまうのです。

 有用な生物を利用して農業の生産性向上や生活の役に立てようとする試みは古くから行われてきている。
 しかし、その方法には「移入種問題」がついてくることになる。

 一つ目は「生物間相互作用の攪乱」である。
 新しい場所には天敵がいないこと、その生物に対する抵抗性を持たない宿主への感染、により被害が顕在化しやすいのである。
 元の生息地では、天敵が存在し、抵抗性もあるので致命的な被害がことはないから、気がつきにくいのである。
 外来種が日本に持ち込まれ大量繁殖して、日本古来の種が絶滅の危機に!
――――と、日本が被害者であるだけではない。
 日本古来の種が海外に輸出され、海外で大量繁殖して困ったことをしている、
―――日本が加害者にもなっている。
 なので、どこの国でも、外来種の持ち込みは、注意というより警戒が求められるのです。

 二つ目は「遺伝子汚染」である。
 移動能力が低い生物種では地域ごとに特徴のある遺伝子を持つ個体群が形成されている。
 しかし、遺伝子汚染が繰り返されると、地域ごとの特徴が失われ、均質化されてしまう。
 環境が変化したところで、「どれかが生き残ってくれるはず」という生存の選択肢を用意してくれるのが、種の多様性。
 ここでも、安直な生物種の利用は、注意どころか警戒が求められるのです。

 深澤さんは、

本当の意味で環境に配慮した技術とは,その場所の在来生物のなかから有用な生物(生物種あるいは生物群集)を見つけ出し,その生物の有用な特性が最大限利用できるような環境を整備することであろう.

と言われています。
 そして、これを実現させたのは、『奇跡のリンゴ』の木村秋則さんである。

 自然の手伝いをして、その恵みを分けてもらう。それが農業の本当の姿なんだよ

 科学的理論の裏付けなしに、艱難辛苦の上に独力でやり遂げた木村さんには敬服するしかない。
 せっかく木村さんがやり遂げてくれたのだから、そこから学習すれば、「社会的農業」ができる。
 自然のお手伝いをして、環境整備をすること。それが社会的農業につながる。
 有益性だけを見て安易な方法で導入してしまうと、移入種問題―――環境破壊してしまっては本末転倒なので、カビの世界も、勉強・学習・調査・研究が必要なのです。

まとめ

 自然の鉄筋コンクリートである植物の細胞壁を、カビは4種の戦略で腐朽している。
 一つのカビでも、有益性と有害性がある。
 有益性だけを見て安易な方法で導入してしまうと、移入種問題―――環境破壊につながる。

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