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夏というよりも地獄

今年の夏も、大して何もせずに過ごしてしまった。抑うつの診断が出て2年目、春をなんとか耐えて夏に希死念慮と起き上がれない体調不良で寝込む(去年は胃痙攣、今年は怠さと吐き気だった)ことがルーティーンになりそうで恐ろしい。

夏に希死念慮が増す人間、実は少なくないらしい。なぜだろう。気温の上昇は人間のホルモンバランスを崩すのか。紫外線で体力を奪われるのも一因かも知れない。
原因は分からないが、猛暑の中、毎夏闘っていたあの子が死んでしまった。

醜形恐怖症だったり、睡眠障害だったり、双極性障害だったり、若くして闘っていた彼女は、みんな、死んじゃダメだよ。そう言い残して死んでしまった。

他人の死など、どう飲み込むべきか分からないのが正しいのだと思うが、「まあ、そりゃあ耐えられないのも分かるな」とするりと飲み込んでしまった。
今は自己責任、甘え、そんなことないと如何に抗ってもまだまだマチズモに支配されている黎明期だと思う。少し前なら戦う選択肢もなく耐えて生きていた、少し後なら戦わずとも生きていられた。2020年代で闘って疲れて消えていった人たちのことをいつか誰か思い出すだろうか。社会に強いられるルッキズムに苛まれながら、自分を好きになろうとした彼女の努力を無かったことにしないこと、無駄じゃ無かったと思うこと、それしかできないなと思う。

この夏、やっぱり転職しようと決意した。
どれだけ時間がかかっても、しようと思う。今の仕事では私は社会を良くすることはできなくて、なかなか退職しないおじさんの機嫌を取るのがせいぜいだとやっと分かった。少しでも社会を私が信じるいいものに近づけたい。市場調査はできておらず何ができるのか分からないし、自分が希死念慮に争うのに必死ではある。実家が太いわけでもないから金にならないことはできないし欲もある。ただ、何年かかっても自分の好きな自分になりたいと思った。

リスキリングのために兼ねてから展望していた某社の編集・ライター講座を受け始めた。受け始めたんだけれども、あの、他の参加者が明るくて、しかも現職のライターや広報なんかの文系職しかいなくて、馴染めないし明らかに自分の方がスキルも実績もないコンプレックスで、言いにくいんですが毎講義めちゃくちゃ死にたいです。

でも、まだ闘い切ってないから生きようと思う。ニュース記事を読む、分からないトピックスのリサーチ、小説以外の読書を始めた。本当にライターになる気あんの?ってぐらい知識もリサーチ能力も無くてマジで舐めてんのか?と自分にキレながらやっている。本当に講義を受け終えて転職するの?とかていうか復職認められるの?とか、復職してこれ続けられるの?とか不安は尽きない訳だが、ダメなら終わろうの精神でとにかく課題をやってノートを埋めてスケジュールを守っている。

今にも負けそうになりながらも、常に白旗を後ろ手に持ちながらもしばらく戦おうと思う。皆さんもご自愛しながら闘ってください。

#夏の思い出

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