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何故…作詞家だったのか? ⑤

希望と恐れはいつも背中合わせ

期待値0の下…それは降って来る

 全てを忘れいつも通りの日々、ある日仕事場のデスクに “母より電話あり” のメモ書きがあったかと思います。滅多にないことなので何かあったかと…電話で酒井制作室から連絡があったことを知らされました。折り返すにも、オフィスから連絡するのは周りの手前少々気不味く、外に出て公衆電話から連絡したことを覚えています。御礼と報告を若松社長に済ませて以来、すっかり通常モードに戻っていた故、また突然の出来事に慌てた訳です。
 用件は再度オフィスへ…ということでした。「キッパリ諦めなさい」というアドバイス、若しくは良くても今後の心構えとか必要な知識等を伝授頂けるのか? 諸々思考が巡る中、私は改めて黒ビルに向かいました。
 酒井氏は変わらぬ気さくな口調で、
「ごめんなさいね、またご足労頂いて」と秘書の方にコーヒーを頼みながら、何かとお忙しい仕事の状況を話され、中々連絡出来なかった旨を…しかし、まだあれから半月程しか経っておりませんでしたから、つくづくジェントルな鉄人であることを再認識したものです。
 「今ね、僕は宮沢りえを担当してるんだけど、今度新しいアルバムを出すんですよ。その中の一曲、斎藤君に詞をお願いしたいと思って…」
常に謙虚に話される方ではありつつも、この件に関しては何か誤解があるのでは?と、稲妻が走ると同時に何処か冷静に考えていました。会うのは二度目のズブの素人、ご担当とは言え宮沢りえさんは当時大人気のスタータレントでしたから、そんなスターのアルバムに私を起用というのはリスクの塊、有り得ない話です。何らかの誤情報が伝わっているのか? ノンキャリアの作家志望を再度強調しようかと迷っていると、
「いいデビューになるといいんだけど…お願い出来ますか?」
どうやら未経験であることはご存知だったようです。そもそもの図々しさと見切り発車タイプであることは、ある意味才能だったのでしょうか。訳も分からないまま
「承知しました。頑張ります。」
と言ったのか、別の言い方をしたか、兎に角これをお受けしたのです。
「良かった、ありがとう。」
結果これが「ありがとう」に相応しいものになるのか否か? 得意の“かの様に振る舞う”を全うしながら、イメージやらコンセプトを伺った上、渡されたカセットテープを大切に鞄に入れた私は黒ビルを後にしました。

知識0の時…どう頑張ればいいのか?

 そのカセットテープに音源があるのは分かりましたが、作詞家はこれを元にどう作業するのか、不安を感じつつこれを聴きました。
オケ上♬ラララ♬で歌われた曲、どうやらこのラララの部分に言葉を乗せてゆけばよさそうです、これで少し安堵しました。言葉の叩き込みが無いスローテンポな曲でしたから、そこは素人にも対応可能だった訳です。
発注の内容に沿って、りえさんをイメージしながらその日は徹夜で2パターンの詞を書きました。無骨な男が書いたにしては、かなりメルヘンな詞に気恥ずかしさを感じるも、一応完成をもって酒井氏にご連絡をしました。
「もう出来たの?」と驚かれた電話口、こういうのは早過ぎてもいけないものかと勝手に反省していました。その日の夜、渋谷のスタジオにいらした酒井氏を訪ね、いくつか赤ペンを頂き、その後もう一度の直しを経て、晴れて初作品の完成に至りました。どうやら、先述のあのタイミングが甘酸っぱいゴールではなかったようで、この瞬間が私にとっての清々しいスタートになった訳です。作詞家になりました。

何故…作詞家だったのか?

 その答えは以上です。あまりにもエエ加減な発想に呆れる方もさぞやいらっしゃるかと思います。しかし今思うことは、何か見えない力に導かれ、その都度特に難しく考えることもなく、無頓着に、期待無しに進んだ結果がこのように出たのだということです。曲がりなりにも作詞家を志望した訳ですから、一応この時点では何とか夢を叶えました。若さが故成り立った成功体験でした。CDが発売された時の嬉しさは今でも忘れません。悪態をついた父が何も言わなくなりました。後で聞くと、知らない所で知人にCDを配っていたようです。
改めて、酒井政利氏の御冥福をお祈り申し上げます。いい加減な私を拾って下さった鉄人に、この上ない感謝で一杯です。

ここまで、つまらない昔話にお付き合い
頂き有難う御座いました。

♬ TRY ME ♬     宮沢りえ

ガラス越しに外の景色を見た
頬杖つき 私はただ…
止めないで 囁きかけるリズムを
踊りましょう ときめきのメロディー

過ぎた日々の行方いつわかるの?
夢のつづき もうちょっとだけ
蒼い時 水平線に重ねて
届けましょう 細やかなハプニング

Try me, you'll like it
今も
Try me, you'll like it
Listen to me
Try me, you'll like it
きっと
Try me, you'll like it
Take me

Try me, you'll like it
今も
Try me, you'll like it
Listen to me
Try me, you'll like it
きっと
Try me, you'll like it
Hold me

風の中ではしゃぐピエロたちに
何故か不思議 優しくなる
掌に溢れた涙 冷たい
閉じましょう 書きかけのページェント

Try me, you'll like it
今も
Try me, you'll like it
Listen to me
Try me, you'll like it
きっと
Try me, you'll like it
Take me

Try me, you'll like it
今も
Try me, you'll like it
Listen to me
Try me, you'll like it
きっと
Try me, you'll like it
Hold me

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