見出し画像

バラッドを一曲 / CAFEを経営していた頃のエピソード3

もうかれこれ30年近く前の話です。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

ランチが終わって一段落の午後3時、私のランチタイムが始まる。
いつも簡単に済ませることが多い。軽く食べ珈琲を飲みながら本を読んでいると常連の Tさんが入ってきた。Cafeをやっていると素敵な女性達とも友だちになれる。

彼女は雑誌棚から女性誌を選びカウンターに座りバナナクリームパイとアッサムティーにミルクを注文した。

雑誌を見ているのか見てないのかパラパラ。

そして一言「求婚されたんです」と…
そうなんだおめでとう!と言うと、そうでもなさそうな顔をこちらに向けて
「実は勉強している事で資格を取りたいんです」
「かなり難易度が高いので、受かるかどうか判らないけど挑戦したい」その資格を受けるにはギリギリの年齢だとも付け加えた。
そして彼女は続けて話す
「でも結婚するということは、家事などの家のこと、子供が出来た時のこと、色々考えると今は出来ない…」
でも好きなんでしょ?と聞くと、「判らないと一言…」

そう言えば、いつも雑誌を見た後、難しそうな本を読んでいたが、それについて聞いたことは何度かあったが難しすぎて話が広がらなかった。

結婚のタイミングは人それぞれ違う。適齢期なんてないと思っている。
大事なのはその相手といつも一緒に居たいかと言う事だろう。

私も若い頃、何人かの女性と仲良くなった。
仲良くなっても友達以上にはなれず、今進めている夢より優先することは出来なかった。それは海外生活への憧れであり、実際に行って住んでみたいという夢を優先していた。だから、いつも恋までたどり着かなかった。

そうして叶えた渡米で仕事を見つけ、順調に行き始めた頃、突然結婚したくなった。同僚の紹介で日米間の文通からスタートしアメリカでの同棲した上で結婚に行き着いた。赤い糸というのは本当にあるんだと信じられた瞬間だった。そして32年間大切なパートナーとして連れ添い、そして居なくなって4年が過ぎようとしている。

人生にはタイミングというものがある。そのタイミングを逃さないために常にアンテナは張っておこう。突然やってくる事もある。

話は少しそれたのでもとに戻します。

カウンターの彼女の話を聞くだけにとどめ、私はアドバイスはやめた。
きっと彼女も話をただ聞いて欲しいと思っているようだったから。
話を聞いて欲しい時点で彼女の方針は決まっているようにも見えた。

それから暫く経ったある夜、東京への用事の帰り混んでいる電車内でふと振り向くと左斜後方のドア付近でドアドン状態になっている彼女を見かけ驚いた。その上なんとその男性が酔った勢いにまかせてか?彼女に寄りかかり、かなり困っている様子に気付いた。電車が最寄りの駅に滑り込むタイミングを見計らい人をかき分け彼女の側に近づき「お久しぶりです」と声を掛け、手を引いてホームに降りた。

シエクスピアの有名な言葉にこういうのがる。
「この世は一つの舞台だ。
 すべての男も女も役者にすぎない。
 それぞれ舞台に登場しては、消えていく。
 人はその時々にいろいろな役を演じるのだ」
*私の拙い文章にシエクスピアを引用して良いのか迷ったが、とても好きな言葉なので使わせて頂きました。

大袈裟な事を言えば、きっとこの出来事の為に私は彼女の人生の舞台に登場したような感じだった。一瞬のヒーロー(笑い)。全ての事には意味があるとは言いすぎだが、その人の人生に登場する配役として、適材適所でお互い登場しているんだろう。そして役が終わって去っていく。でも、ある日突然、その後の人生の共演者が現れる事もある。全てはタイミング。

「ありがとうございます。助かりました」
いえいえほんと困ってそうだったので….
「びっくりしました…お久しぶりです」

そして暫くホームのベンチでお話した。
実はあの日以来お店には来ていなかった。気にはなっていたがきっと望む方に行っていて、忙しいんだろうと勝手に想像していた。

ベンチに座る彼女の髪がホームを吹き抜ける風にふわっと揺れ、前髪がおでこから口にかけてすーっと流れる。完璧なポートレート。
そして相変わらず切れ長の目が素敵だった。

近況を聞くとまだ結婚はしていないということで、今は資格を取るために講習に行き懸命に勉強に励んでいるようだった。

結婚のタイミングは少し先なんだろう。

缶コーヒーを飲み、数本の電車をやり過ごして近況を聞いた。飲み終わるタイミングで来た電車に乗せた。もっと引き止めたかったがそれは出来ない。

彼女はドアの中で手を振った。私はすべり出す電車をスローモーションで送り、暫くその場に留まっている自分をズームアウトした。

画像1

その後、何度かお店に来てくれ、いつものバナナクリームパイとアッサムティーとミルクを注文してパラパラと雑誌を眺めていた。午後の光の中、ティーコゼを外しアッサムティーをカップに注ぐ、逆光の中で湯気が白く揺れている。

私はそっとバラッドをBGMに選んだ...。


Photographer higehirp
twitter higehiro134
instagram higehiro
Youtube 134higehiro

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?