【小説】 ゴート×ゴースト 第四話


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替え玉疑惑は徐々に沈静化していっていた。
先日のクイズ番組のように、定期的な露出を重ねていく度、私が麻須久彩であるという認識が周知の事実に成り代わっていく。

表に出る事で疑惑が晴れていくのならば、その機会を増やすべきなのではないかという思いを持ったが、どうやらそうではないらしい。

先生によれば、過度な露出はかえって逆効果となってしまうという。
これまで頑なに姿を見せなかった人間が、打って変わって表に出続けるということは、それこそ別人にしか見えなくなってしまうとのこと。

そう考えると、確かに急な方針変更は要らぬ混乱を招いてしまいそうだ。
また、露出が増えれば増えるほど私がボロを出してしまうリスクも高まっていく。

そこで、先生と話し合い改めて露出の基準を以下のように定めた。
・新刊発刊時の宣伝活動
・麻須久彩先生が好きそうな番組
 (一定期間露出が無い状態で、新作の発刊予定も未定という場合に限る)

先生の仰る通り、人々にとって納得感のあるキャラ付けが重要だという事がよく分かる。
これまでの筋書きや設定を守りつつ、そこから逸脱しない範囲でのブランディングを進めていく事が重要なのだろう。

言われてみれば当たり前の事なのかもしれないが、そこに思い至れない浅慮な自身に辟易する。
先生の影武者として、先生の思考パターンを学び、出来る限り近い水準で物事を見られるようになっていきたいと思った。


先述したように、定期的に露出の機会を設けていった。
テレビ出演や雑誌のインタビューの他、サイン会等の対面イベントにも取り組んでみた。

対面イベントは不特定多数が参加するという点や、麻須久彩先生のファンという先生をよく見てきたであろう人物と接触するという意味でリスキーではあったが、読者を大切にしたいという先生の想いから実現に至った。

本当は先生自身が直接ファンに報いたいところとのことだが、それが出来ないからこそ私が影武者として雇用されているのだ。

先生の気持ちを読者に還元しつつ、読者の方々の想いや喜びを先生に届けることが私の使命だと張り切って臨んだ事を覚えている。

先生は露出が発生する際に、信じられないくらいの準備資料を用意くださっていた。
先生のフォローもあり、どのような機会でもボロを出さずに乗り切れたと思っている。

先生からの資料だけに頼らないよう、麻須久彩という人物像の研究や演技の練習も欠かさなかった。
そうした努力が多少なりとも今回の結果に寄与できていると思いたいところだ。

他の人ではなく私だからこそ麻須久彩先生という人物を演じられる。
これは私だけに与えられた役割で、誰にも譲りたくはない。

給与や待遇以外の面でもやりがいを見出せており、この仕事や本当に私のためにある仕事だったのだという思いを強めていった。

そうした自負は思い上がりではなく、プライドを持って仕事に取り組むための原動力になっているのだろう。
自信が出てきたことで私はより麻須久彩らしく振舞うことができるはずだ。


定期的な露出を経て、私は予想外の部分で先生と衝突することとなった。

それは所謂ギャラの配分についてだった。
一切の報酬を受け取る気のない先生と、それを許さない私という構図だ。

先生は出演料などの報酬を全額私に提供するつもりらしい。

「これは素晴らしい演技への正当な対価です。インセンティブまたは賞与みたいなものだと思ってください」

「お気持ちは嬉しいですが、全額というのはいかがなものでしょうか」

確かに表に出たのは私だが、その為に資料を用意してくださったりした先生の労力だって報われてしかるべきである。

私としては私個人のはたらきではなく、二人で共作したような気持ちでいるのだ。
だからこそ、報酬も分け合いたい。

頑なに固辞する先生とそれを認めない私との話は平行線となり、時間が来たのでその日は一旦そこで話を終わらせることとなった。

モヤモヤするものの、先生にこれ以上時間を取らせて執筆の妨げになってはいけない。

また次回の打ち合わせの際に話しましょうという約束を交わし、今回の打ち合わせを終えたのだった。


次回は先生が折れてくれるだろういう私の期待は見事に裏切られた。

先生も同様の心情だったのか、互いのスタンスを崩さないまま、今回も時間だけを浪費してしまった。

私は元々頑固な人間だが、先生も中々に意志が強い。

先生の気持ちは嬉しいが、やはり私としては譲りたくなかった。

全て自分で準備をして臨んだのならば受け入れられるかもしれないが、先生の力添えはとても心強いものだった。

普段からの報酬が低ければ飛び付いてしまったかもしれないが、普段から十分すぎるくらいの対価をいただいている。

考えれば考える程、折半してしかるべきだろうという思いが強まっていった。


三度目の話し合いはこれまでと様子が異なっていた。

「自分の気持ちを押し付け過ぎていましたね。全額というのはやめましょう」

どうやら私の気持ちが届いたらしい。

「8対2くらいでどうでしょうか。もちろん私が2です」

私の気持ちは届き切っていないようだった。

「半々でどうでしょうか」

「あー……分かりました。そうしましょう」

「ありがとうございます!」

半ば強引になってしまったが、要望を満たせて私は満足していた。

そんな私の様子を見て、先生は少し笑った。

「私の負けです。つまらない意地を這ってしまい、すみませんでした」

「こちらこそ、我儘ばかりで申し訳ないです」

「腹を割って話せて良かったです。ありがとうございます」

「無理をさせたり不快にさせたりしていませんか?」

「そんなことないですよ。心配し過ぎです。嫌だったら言いますよ。先程の自分の意志を曲げなかった貴女とは別人みたいで面白いですね」

笑いのツボに入ってしまったのか先生は一段と大きく笑っていた。

なんだか今までよりも人間味を感じられて私も気分が高揚しているのを感じる。

揉めるのは本意ではなかったが、結果的に先生と打ち解けられたようで良かった。

つづく



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