【小説】 ゴート×ゴースト 第三話

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先日の会見はなんとか上手く乗り切ったというつもりだった。

私が演じる麻須久彩先生という嘘を暴こうとした記者をどうにか信じさせることができ、会場全体も疑惑の色をなくしていた。

ところが、数日後には某週刊誌のデジタル版にて、私が替え玉であるのでは?という疑惑の記事がリリースされていた。

取り上げたのはそれなりに発信力のあるメディアで、話題はどんどん拡散されていく。

私の演技が未熟だったから、先生に迷惑をかけてしまったのではないか?流石にクビになってしまうだろうか?
といったような考えがグルグルと頭を駆け巡り、暫くの間フリーズしてしまっていた。

間もなく週に一度の打ち合わせが始まる。

刻一刻と迫る時間を、壁掛け時計の秒針が振れる音が告げてくる。

私以外誰もいない静かな部屋で、カチッという機械的な音が幾度となくリズムを刻んでいる。

私は気が狂いそうになり、壁に頭を打ち付けた。

ゴンッという鈍い音が周囲に響き、じんわりとした痛みが額に走る。

無意識に手加減を施してしまっているようで、さほど痛くない。

しかし、そのちょっとした痛みが私の心を落ち着かせてくれた。

時を戻そうと宣言しても時間は戻らないし、なるようにしかならない。

先生が許してくれる限り、麻須久彩になりきる以外の選択肢は残されていないのだ。

そうこうしている間に打ち合わせの開始時間は目前に迫っていた。

私は某アニメの主人公のように、逃げてはいけない旨を自身に暗示し続けながらWEBミーティングアプリを立ち上げた。



「先生、すみませんでした」

麻須久彩先生がWEBミーティングに入室するやいなや、私は謝罪を口にしていた。

「はて?あぁ、例の記事ですかね?私も見ましたよ。しかし、何故謝るのですか?」

「私が上手く振る舞えなかったからこのような記事を書かれてしまったんですよね」

「そんなことないですよ。話題性が高いタイミングでネタとして大衆の興味関心を惹けそうだから記事にしたという程度の話だと思います」

「そうだと良いのですが……」

「大きな賞を取ったという事でニュースになった直後なので出すなら今しかないという感じでしたよね。会見に出なかったら、それはそれであることないこと書かれたと思いますよ」

私への慰めというよりは淡々と事実を述べているように感じられる。嘘をついているような素振りもなく、本心からの言葉だと思いたいところだ。

「私の名が売れるのは有り難いのですが、ここで名を揚げても小説は売れないんですよね。度々こういう話題で取り上げていただいていますが、売上に反映されたことはないのです」

「なるほど。確かに芸能人のスキャンダルを見てその人の作品に興味を持つことはないかもしれません」

「そういうものなんですよ。大衆の暇潰しの種にしかならないんです。私は自身の作品というもっと面白い暇潰しの種を提供しているのに」

過去に先生に対しての話題を見る中で売名だという指摘を目にした事があったが、とんだ的外れだと今なら分かる。

「せっかく一人でも多くの読者に作品を手に取ってもらうチャンスだったのに、そうした目を摘まれてしまったような気持ちで悲しいです。残念ながら、暫くはこの状態が続くでしょうね」

先生の諦観した様子が悲しく、私は予言が外れることを祈るばかりだった。



先生の予言が外れ、話題がすぐに落ち着きますようにという私の願いは神の元へ届かなかったようだ。

先生の言う通り、話題は勢いを増していくばかりだった。

何でもお見通しなのかとその慧眼に感心する一方で、それは予言でも未来予知でも何でもなくこれまでの経験値に裏付けされる確信だったのだと気が付いてより虚しくなった。

先生は私なんかよりも遥かに悲しんでいることだろう。

翌日のミーティングでの先生の様子は、私の意に反してあっさりとしたものだった。

「もうそろそろ落ち着いてきますよ。最近は拡がり方が大きい分、燃え尽きるのも早いので」

先生は達観した様子で続ける。

「どんなに美味しいご飯だって同じメニューばかり出されたら食傷気味になるのが普通の人間というものです」

「なるほど。落ち着くまで待っていれば良いのですね」

「いい質問ですね。それは半分正解で、半分不正解です」

不思議そうにしている私を見て、先生は少し楽しそうだった。

「自然に任せていると、燃え尽きたとしても火種は残り燻り続けます。燃料が投下されたらまた何度でも燃えてしまうんですよ」

「つまり、消火しきらない限りは何度でも再燃してしまうということでしょうか」

「その通りです。大変なお願いではありますが、ある程度落ち着いたタイミングで火消しに取り掛かっていただけないでしょうか」

「はい、やらせてください。私としても仕事がなくなると困ってしまうので」

せっかく得た高待遇の仕事を手放したくないというのは本心だが、先生のために助けになれたらというのもまた本心であった。

「ありがとうございます。今のうちにしっかり備えていきましょう。ダメだったらその時はその時です」

先生は不敵に笑ったが、その真意は計り知れなかった。
上手くいかなかったらその時はどうするつもりなんだろう。


授賞式&会見ぶりの表舞台が迫っていた。

受賞が決まったタイミングでいくつかのテレビ出演のオファーをいただいていたらしく、その一つが今回の仕事だという。

生放送の類は全て断ってくれていたらしく、他の受賞者のようにニュースやワイドショーに出演することはなかった。

今回出演するのはクイズ番組とのこと。

麻須久彩先生自体は学歴も非公開で、インテリを売りにしている訳ではない。

何となく作家=知的とか、クイズ番組に呼ばれがちとかそんな慣習によるものなのかもしれない。

クイズ番組だとクイズというメインの題材のおかげでフリートークが少ないので、替え玉の身としては大変助かる。

麻須久彩先生は対人恐怖症なので影武者の私も必要以上の露出はしないという前提だが、数々のオファーの中で一つ受けるならこれというチョイスなのだろう。

先生の洞察力を思うと、クイズ番組は相性が良さそうだ。
もっとも、実際に出演するのは先生ではなく私なのだが。

私はクイズが得意ではないので、先生の代役としての用意とクイズ番組対策という二点を並行して進めていく必要があった。

今回も先生は信じられないくらいの準備資料を用意くださった。

しかし、クイズ番組という内容の特性上、前回のようにメモを持ち込むことは難しい。

私は先生がしそうな回答例やトークを振られた際の返答例など、先生からいただいた資料を頭に叩き込み、当日を迎えた。

何かあれば前回のようにアドリブで好きにしてくれて構わないとは言われているが、できるだけ波風を立てずに平和に終わりたいものだ。



いよいよ迎えたクイズ番組の収録当日、私は何事も起こらない事を祈りながらテレビ局を訪ねた。

共演者の楽屋巡りをして挨拶をしていくべきなのかもしれないが、挨拶に代えて先生が用意してくださった手紙を各楽屋に届けて回った。

直接の挨拶は控えようという方針で打ち合わせた上での振る舞いではあるものの、いざその場に立つと本当に良いのかという気持ちになる。

そもそも芸能人ではないので、楽屋挨拶というのがどれ程重要な事なのかは分からない。

しなくても良いのであればしたくないし、テレビで明るい芸能人が裏では……なんて事があったらと思うと普通に怖い。

しかししなかったらしなかったで落ち着かない。
私は楽屋の中をそわそわと歩き回りながら、番組の台本と先生のメモを交互に見つめるばかりだった。

何事もありませんように。平和に終わりますように。平穏無事を願い続けているうちに収録の時間が来てしまった。

収録が始まったと思いきや、平和を願う私の淡い期待は、一瞬で霧散していった。

「今話題の影武者さんでーす!」

冒頭の出演者紹介のシーンでいきなりぶっ込まれてしまった。

一瞬の間と集中する視線の束。共演者やスタッフ一人一人がこちらをジッと見ている。

「そうそう、実は私の本体はこちらなんです」

そう言って懐から麻須久彩先生の著書を取り出した。
先日の受賞作を懐に忍ばせていて良かった。  

「私の紡ぐ物語こそが麻須久彩そのもので、私はただの書き手。影武者と言っても過言ではないでしょう」

少しばかり大仰だったかと反省したが、テレビ的にはオーバーなくらいがちょうど良いらしい。

冒頭のイジりを乗り越え、そこから先は台本通りの内容で進行していった。

私は先生の名を貶めぬよう、さりとて目立ちすぎることのないよう、当たり障りのない成績を維持していった。

基本的に成績の良い演者にスポットが当たるため、上手くモブになることを成功したと言える。

一瞬ピンチだと思った場面は、何とか乗り切る事が出来たと言えるだろう。


「これは中々良い演技ですね」

放送された先日の番組の録画を見ながら、他人事のように先生が笑っている。

収録から放送までの間、冒頭のシーンがカットされることを祈り続けていたが、私の祈りは届かなかった。

カットされるどころか一連のやり取りをフルで採用されてしまっている。

編集された映像を見てみると、書籍の宣伝として仕込まれた流れのようにしか見えなかった。

プロの編集は凄いと思うと共に、意図的にそのような仕上がりにしてくれた事への感謝がこみ上げてくる。

編集の仕方によっては疑惑を加速させることも容易いことだろう。

そうしてくれたのは製作陣に先生が好かれているからだろう。

先生のファンがいて、その人がキャスティングや編集にも顔が利く人物なのかもしれない。

だとするとサインの一つでも求められてもおかしくないのだが、そういったことはなかった。

謎は深まるばかりだが、一先ずは無事に乗り切れたことを喜ぼう。

先生も結果に満足しており、私は今後も代役を続けていけるようだ。

つづく

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