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僕は彼女より一生懸命


「人をだましてはいけないの」と彼女は言った。

自分こそ正義だとでも言いたげな表情をして、

僕に説教するときの顔は、学校の先生にそっくりだ。

学校の先生は、それでいいけれど。

なぜなら、道徳を教えるのが先生の役目だから。



最初は、まっすぐな子だと思った。

間違ったことが嫌い。

ぶれない芯の強さが魅力的に見えた。

人に流されてばかりの僕とは大違いだ。

だから付き合った。先に告白したのが

僕だったのか彼女だったのか、

はっきりと覚えてはいないけれど。

きっと、こういうのは「何となく付き合い始めた」

というのだろう。



ある日、僕が晩御飯にインスタントラーメンを

食べようとした直前、彼女から電話がかかってきた。

「あっ、何?」

「今から会える?」

「えっと、……ちょっと無理」

「どうして、用事があるの?」

「ごめん、これからラーメン食べるとこなんだけど」

「……もういいよ」

プチッ、電話が切れる。

そんなに悪いこと言った?

戸惑いながら、急いで電話をかけ直してみる。

彼女は出ない。これは、なんかやばそうだ。


財布と携帯を握りしめ自転車に乗り、

彼女の家に向かう。

10分が過ぎ、どうしてタクシーに乗らなかったのかと

後悔しながら、全速力でペダルをこぎ続け、

それから20分後、彼女のアパートに到着。

階段を駆け上り、玄関のチャイムを押す。

ピンポーン、ピンポーン。

肩を上下に動かしながら、ぜいぜいと息を切らす。


出ない。いないのかな、

もう一度電話をしようと思った瞬間、

玄関のドアが開いた。


彼女は、最初から僕がくるのが

わかっていたかのように驚かない。

僕が玄関に立っていると、「入れば」とひと言。

スニーカーを脱ぎ、彼女のあとをつけるように

部屋に入った。


テレビでは、お笑い番組をやっている。

僕を見ずにテレビを見続ける彼女。

別に困っている風でもない。

僕が黙っていると、彼女はテレビを消して立ち上がる。

冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出し、

僕に手渡してくれた。

「ありがとう」お礼を言う。

「うん」小さな声で答える彼女。

「どうしたの?」

「うん……」

「嫌なことでもあった?」

唇をかんで彼女はうなずいた。

さっきまで普通だと思っていた彼女の顔が、

急に泣き顔になる。

「私、悪くないもん、間違ってなんかないよ」

そう言うと大きな瞳から

涙がポロポロとこぼれ落ちてきた。


また、やっちゃったのか。

しかたのない奴だと思いながら、

彼女を抱きしめる。

「そうだ、お前は悪くないよ。僕はわかってる」

何がわかっているのか、

本当はよくわかっていないことを

知っていながら、僕は嘘をつく。

こんな時は、嘘つきだと責められることもない。

いつもは強気な彼女が、よわよわしく泣くだけで、

自分が強い男になったような気がするのだから不思議だ。


しばらくすると、「もう大丈夫、ごめんね」

と彼女が言った。

「おう」

「来てくれたからよかった。そういえば、ラーメンは?」

「今頃麺が伸びて、うどんになってるな」

「やだ、本当にごめんね」

申し訳なさそうに彼女が手を合わせる。

「いいよ、いいよ。
おまえも夕飯どころじゃなかっただろ」

えっ、という表情を浮かべる彼女。

その様子を見た僕は言う。

「こんなに落ち込んでいるのに食欲あったの?

まさか、ごはん食べたあとに、

僕に電話してきたってことはないよね」

「だって、どんな時だってお腹はすくよ。

私、ストレスかかると余計食べちゃうタイプなの」

「はい、はい、まったくもう、なんだよー。
それじゃあ帰るわ。また明日」

僕はコーラを握りしめた手でバイバイした。

そうだ、自転車に乗る前に、ここで飲んでおこう。

たった今ペットボトルを振ったことも忘れ、

ふたを開けると、プシューと音がして、

コーラがあふれ出た。

「わーっ、やめてよ、
カーペットにしみができたら、どうするの!」

すごい剣幕で彼女に叱られる。

「ごめん、ほんとごめん」

あっという間に、立場は逆転。

やっぱり学校の先生並みに怖いな

と思いながら、僕は彼女より

一所懸命にカーペットを拭いた。



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