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よかった


「さあ 出発だ」

はりきって出かけたのに、

目的地は遥か遠くにあった。



「こんなはずじゃなかった」

「私が甘かったのかな」

平坦な道などなく、

そこにあるのは、いばらの道。

引き返そうにも、帰り道もわからない。



なんてバカだったのだろう。

みんなから笑われていたのに
気づきもしなかった。

心配されたのに無視してた。



転びそうになったとき、
支えてくれていた杖は折れ、

飲んでいた水筒も落としてしまった。



もう前には進めない。

帰るところもない。

すべてを失くしたと絶望し、

私は地面に座り込んだ。




『泣かないで』

『泣かないで』

そう慰めてくれたのは、
一匹の子犬。

『君は何にも失くしちゃいないよ』



犬になぐさめられても、
私はちっとも嬉しくない。

知らん顔していると、
子犬はワンワン私に吠える。

あーうるさい。

仕方なく立ち上がる。

子犬が足にまとわりつくから、
いっぽいっぽ、歩き出す。

子犬は、しっぽを振りながら、
私の隣を元気に歩く。



子犬になれたらいいのに、
ふとそんなことを思ってしまう。


私は子犬になれないよ。

子犬も私になれないのだから。




日が暮れた。

子犬が私の隣で眠る。

私が子犬の隣で眠る。



「寂しいの?」って聞かれたら、
「そんなことない」って答えるだろう。

きっと、子犬も私も。




朝が来て、子犬が私を追い立てる。

「のどが渇いたって」って私が言うと、
子犬が小川を見つけてくれた。


「もう疲れたって」私が言うと、
子犬が日陰を探してくれた。



私は元気を取り戻し、
子犬は、大きな犬になった。


家には帰れないままだけど、
それでもいいって思うようになった。


私の隣に犬がいる、
それが奇跡だから。

何よりもの幸せだから。



私が探していた目的地が
どこだったのか、もう忘れた。

目的地にたどり着けなかったことを、
私は今では良かったと思っている。



私と犬、

犬と私、

出会うはずのないふたりが出会った。


よかったね。

よかったよ。

私の人生、これでよかったんだ。




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