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『君と明日の約束を』 連載小説 第七十九話 檜垣涼

檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
よろしくお願いします🌹
一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。
一つ前のお話はこちらから読めます↓

 目を合わせない僕を覗き込んだ彼女の目が、心配の色に染まる。
 それでも可能な限り力強い声で「大丈夫です」と返すと、あまり深く聞かずに頷いてくれる。

「じゃ、私これからバイトだから」

 彼女が背を向けてエスカレーターの方に進んでいった。
 ――と思った。

「また連れてきなよ、ガールフレンド。一緒に来たらお姉さん奢ってあげるから」

 彼女は振り向いてウインクしながら、そんなことを言う。

――また
――一緒に来たら

 葵さんは手術のことを、知らない。
 当たり前だ。知らない。日織は本当であれば僕にも知られるつもりなんてなかったのだから。

 彼女は、隠し通すつもりだったから。失敗するかも、なんて言わない。僕に遺書を見つけられてしまったことも、知らない。

 それでいい。
 ポケットの中でスマホが震えが止まり、別の振動を感じた。

 確認する前に、駆け出した。

 来た道を全速力で引き返す。途中、何度もつまづきそうになって、駅のコンコースを歩く人にぶつかる。その度に怒鳴られているのだろうけど、よく聞こえない。目の端に八島総合病院の看板。『ここから徒歩五分』の文字を捉え、僕は速度を上げる。

「日織!」

 扉を開けると、ちょうど出てこようとした日織の母親にぶつかりそうになった。

「小坂くん。よかった、ちょうど電話しようと思ってたの」

 少し目を赤らめている彼女の手にはスマホが握り締められている。
 彼女の奥に見えるベッドの上に日織が寝ていた。

「手術、終わってまだ麻酔が残ってるから、意識はっきりしないって」
「手術、成功ですか」

 マスクをつけている日織をこの目で捉え、それでもちゃんと確認しなければ気が済まなかった。

「一応ちゃんと終わったようよ」

 日織の傍に立っている白衣の男性が、日織の母親の言葉に頷く。

 その瞬間、空気が、一気に緩む。全身の筋肉が脱力するのがわかる。
 体の芯から安堵が全身に行き渡り、僕は大きなため息をついた。

「よかっ、った」

ーー第八十話につづく

【2019】恋愛小説、青春小説

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