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『君と明日の約束を』 連載小説 第七十二話 檜垣涼

檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
よろしくお願いします🤲
一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。
一つ前のお話はこちらから読めます↓

 病院のエントランスを抜け、そのまま以前の病室に行く。

 病室に近づいて、ぎょっとした。彼女の名前が書かれていなかった。慌ててメッセージを確認すると、彼女からの文章の最後に、部屋の番号が記されていた。彼女はあの後でも僕が病室に来られるようにしたのだ。

 すぐさま渡り廊下を渡り、エレベーターに乗った。
 彼女の遺書は、ぐしゃぐしゃのまま鞄に入っている。彼女の遺書は、もっともらしい遺書だった。遺書を残す人間は、もうすぐ死ぬとわかっているか、死ぬ可能性を現実的なものとして受け入れているのかのどちらかだろう。彼女は、死ぬ可能性があるということになる。

 100パーセント成功ではなかったのか。彼女は脳の手術、と言っていた。

 絶対はないなんて身にしみてわかっている。でも素直に受け入れられる気がしなかった。

 病室に着いて中を覗くと、日織はベッドに設置されたパソコンと、いつものように対峙していた。

 そう、いつものように、小説を書いていた。

 病室には、彼女以外誰もいなかった。カーテンは開けられているが、今日は外が曇っているので病室の中も少し薄暗い。僕は、幾度となく経験した状況をなぞるように、彼女の近くまで歩いていった。

 ベッドの脇に置かれてある椅子に座り、彼女の様子を観察する。

 彼女は、十数分後、初めて本屋で会った時とほとんど同じ反応をした。最初、彼女に寿命のことは嘘ではないか、手術は本当に成功するのか聞くつもりだった。それを言えなかったのは、彼女が僕の顔を見た途端、

「ごめんなさい」

 なぜか謝ってきたからだった。

 少し戸惑ったように微笑んだ後、彼女はもう一度謝った。

「ごめんなさい」
「なんで日織が謝るんだよ」

 そんなことを言いに来たわけじゃないのに、思わず強く言い返してしまう。
 彼女は弁明を示すように首を横に振った。

「そうじゃないの、私、気づいてたの」
「それは……」

 聞かずとも彼女が何に気づいていたのかということは、遺書を読んで知っていた。

「一番初めに私たちが会った時のこと」
「確か向こうの棟だった」

 僕はあえて、話に乗って窓の外に見えているもう一つの棟を指差した。
 予想通り、彼女は意外そうな顔をする。

「退屈そうにずっと天井眺めてた」

ーー第七十三話

【2019】恋愛小説

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