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『君と明日の約束を』 連載小説 第八十二話 檜垣涼

檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
よろしくお願いします!
一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。そろそろ終盤に差し掛かってます💠
一つ前のお話はこちらから読めます↓

 バイトを終えて、病室に行くと、日織はベッドのリクライニングを朝より少しだけ起こし、そこに仰向けになっていた。

 視線は一点を見つめていて、僕は彼女のその格好を知っていた。

 昔、彼女が入院していた時。あの時も彼女はいつも真顔で天井の一点を眺めていた。

「何してるの?」

 その時も何をしているか聞いたような記憶が、なんとなく頭の中にあった。

 の時彼女はなんと答えたのだろう。
 僕の声に気づいた彼女は、上げていた顔をこちらに向けた。

「んー、ただ見てるだけだよ」
「面白いの?」

 そんなわけないだろうとは分かっていたけど、なんとなく軽口を叩く気分になって、わざと興味を持ったように聞くと、彼女はおかしそうに笑ってくれた。

「ふふ、全然」

 じゃあなんで眺めているの、という疑問は心に留め、「そっか」と頷くと、

「暇なの、やることないから。ねえ、お母さん」

 彼女が部屋の奥で僕たちのやり取りを見ている母親に話を振る。

「手術明けなんだから仕方ないでしょ」
「なんか暇潰せそうなもの持ってきてよ」

 僕はその言い方になんとなく違和感を感じた。彼女の母親は気づいていないようで、当たり前のように指差す。

「そこに置いている本はもう全部読んじゃったの?」

 人差し指の延長線上には、個別に割り当てられた移動式の机のようなものの上に並んでいる文庫本。隣にあるパソコンではなく本の方を差したのは、パソコンを許可してしまうと、彼女の安静が約束されないと思ったからだろう。

「えっ、ああ小説? 一回は読んでるのばっかりだけど、これお母さんが持ってきてくれたの?」
「え……」

 日織の顔を見ながら話していた彼女の母親は声にならないような呟きをした後、ゆっくりと首を回し僕の方を振り向いた。ぎりりと音がなるようなぎこちなさだった。

 廊下から、看護師さんが慌ただしく駆けていく足音が聞こえてくる。

 日織に視線を戻すと、僕たちの空気に引っ掛かりを感じたのか、怪訝な様子で視線を彷徨わせていた。

 背中にじとり、と嫌な汗が流れる。

ーー第八十三話につづく

【2019】恋愛小説

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