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『君と明日の約束を』 連載小説 第八十一話 檜垣涼

檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
よろしくお願いします
一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。
一つ前のお話はこちらから読めます↓

 次の日の朝、僕が病室に行くと、日織は布団の中で目をつぶっているように見えた。
 駆け寄り耳をすませると、呼吸の音が確かに聞こえていて、一安心する。

「朝一度起きたんだけどね、まだちょっと体力回復してないみたいで」

 日織のお母さんは「ごめんね、わざわざバイト前に来てもらったのに」と笑う。昨日より目の下のクマがひどくなっている気がした。彼女は昨日からずっと寝ていないのかもしれない。でも、憔悴しきった表情に浮かぶ笑顔がずいぶんすっきりしたものになっていて、改めて手術の成功を感じ肩の力が抜ける。

 日織の口にはもう酸素マスクがついていなかった。落ち着いた表情の寝顔は、少し微笑んでいるように見える。

 彼女の側にある椅子に座り、僕は文庫本を取り出した。バイトまでは三十分ほどある。

 しばらくすると、部屋の中に寝息が二つになっていることに気づいた。相当疲れが溜まっていたのだろう、振り向くと彼女の母親が船を漕いでいた。椅子の下にさっきまで持っていたカーディガンが落ちている。

 音を立てないようにそのカーディガンを拾い、机の上に置いてから椅子に戻ろうとして、日織と目が合った。

「ミツ君」

 日織の口から僕の耳に、はっきりと自分の名前が伝わる。

「ちゃんと、手術成功したよ」

 彼女はこれから、もっとたくさんの本を読むのだろう。
 もっといろんな場所に行って、もっといろんなことを経験する。
 これから、たくさんのことを学んで、たくさんの時間を使って、いろんなものを我慢して。それでも本を書くのだろう。

 彼女には、これからが待っている。消える可能性のあった彼女の命の光は、消えることを諦めたのだ。理不尽な終わり嫌う僕に、彼女は続きを見せてくれた。

 これから。
 これからのことを想像する度に、隣にいる彼女を想像している自分に気がつかないわけがない。

「ありがとう」

 認めるのが恥ずかしくて、僕はそんな言葉に引っ込めた気持ちをすべて込めた。彼女が僕の気持ちをどう理解したのかはわからないし、わからなくていいけど、彼女は精一杯の笑顔で、言った。

「どういたしまして」

ーー第八十二話につづく

【2019】恋愛小説

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